八章 『召喚術』ここしばらくはエディアローズに行う実験の準備で慌しかったが、それが終わると、僕の日常は平常に戻った。
あの実験でエディアローズが受けた精神的な衝撃は大きかったはずだ。だから次に何をするにしても、まだ当分は時間を置いた方がいいだろう。あいつはただでさえ普段から風当たりがきつい立場にいるのだ。これ以上負担を掛ける訳にはいかない。
シズヴィッドに対しては、研究の合間に折を見ては魔術の知識を叩きこんできた。
しかし、本格的な実践を伴う訓練は、それなりの時間を空けて下準備をしなければ行えないものが多い。
これまではまとまった時間を取れずに、武術と知識を中心にやってきたが、そろそろ本格的な魔術訓練に入ってもいい頃合いだ。
「シズヴィッド、おまえ、召喚術は使えるか」
「いいえ。使えません」
僕が調べ物の手を休めて問うと、即座に答えが返ってきた。
以前、シズヴィッドは重力の初歩しか使えないと言っていたし、召喚術が使えないと言われても驚きはしない。
僕はそのまま質問を重ねる。
「では、召喚術を試した経験は?」
「それぞれの師の元で何度か試みています。召喚そのものが失敗に終わっていますが」
「ふむ、なるほどな」
魔術は大きく分けて、『精霊魔術』『召喚術』『黒魔術』『白魔術』の四つに分類されている。
精霊魔術とは、自然に宿る精霊の力を借りて、元素を操る魔術を指す。
召喚術とは、契約を交わした精獣を喚び寄せて、使役する魔術を指す。
黒魔術とは、呪いや精神への負の干渉、魔との契約などの魔術を指す。
白魔術とは、治療や浄化や精神への正の干渉などの魔術を指す。
シズヴィッドが使う重力干渉は、正確に言えば『魔術』とは呼ばない。
己の魔力を直に変換して何らかの現象を起こすのは、単なる力技であり、魔術と呼べる程の高度な技術とは認められていないからだ。
ある程度の術を扱えても、魔術師として正式な資格を取る為には、最低でも、四つに分類される内のどれか一つは習得しなければ叶わない。
この国では精霊魔術がもっとも普及しており、次いで召喚術が重視されている。
白魔術は個々に資質に頼るところが大きい。黒魔術は呪いや魔物と関わりが深い為、あまり良いイメージがない。
シズヴィッドがこれまでずっと召喚に失敗してきたという事は、精霊魔術と同じように、何らかの阻害要因があるのだろう。
だが、「可能性」に賭けて何事も試してみなければ、こいつが魔術師になるなど不可能だ。
「遠方の偵察や伝達といった役割を、魔術師が召喚する精獣に求められる事は多い。精獣を一体も召喚できないでは話にならない」
この国で魔術師として生計を立てるというのは、つまるところ、そういう事だ。
僕のように研究重視で、他者に雇われたりしない者もいる。だが、研究成果の特許などで生活に困らない程の金を稼げるのは、ほんの一握りの者だけだ。
普通の魔術師は、その技量を求める者に雇われる事で生計を立てている。
そして、魔術師が必要とされる多くの場合は、戦、揉め事、護衛、偵察といった荒仕事だ。
魔術師は重宝されるから、高い金で雇われる。
「はい。私の魔力総量では大物を召喚するのは無理でしょうが、召喚術はぜひ会得したいです。魔術師として必要な技術ですから」
シズヴィッドの眼差しは真剣だ。その双眸には揺るがない決意が秘められている。
この弟子は、熱意と根性が取り柄なのだ。前の師の元で失敗しているからといって、会得したい技術を簡単に諦めるような性格はしていない。
「精獣と契約を交わす際は、多少は抵抗されても強引に契約するのが基本だ。だが、その抵抗があまりに激しいと、魔法陣の結界を破ってこちらに攻撃をしてきたり、暴れすぎて自滅されかねない。殺しかねない殺されかねないと判断したら、被害が出ない内に手を引く。魔術師は、そのさじ加減を知らねばならない」
「はい」
「これから、おまえの召喚術をみてやる」
「っ、ありがとうございます!」
召喚術の実践訓練ができると知って、シズヴィッドは期待に顔を輝かせて勢いよく返事した。
こと召喚に関しては、見習いは一人では実践してはならないと協会で決められている。
だからこそ、これから直に試せるのが嬉しくて仕方ないのだろう。
「わかっているだろうが、おまえはまだ見習いだから、召喚術を試すのは僕の監視下でなければならない。そして万が一、召喚した精獣が魔法陣を破って暴れた場合も想定し、場所はこの屋敷の地下室のみとする。では、これから地下室へ移動するぞ」
「はい。ご指導よろしくお願いします」
深々と頭を下げるシズヴィッドに頷いて、僕は地下室へ行く為に立ち上がった。
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