シズヴィッドに諭された翌日、僕はエクスカイルに謝っておこうと、あれの居住区を訪れた。
「こんにちは、ヒースさん」
「カロン」
エクスカイルの寝室で看病をしていた第四王子カロン・アールトールが僕に気づいて、顔を上げて挨拶する。
王家の九人兄弟の下三人であるカロンとエクスカイルとキーリは、同腹の兄弟だ。
巷で「温和王子」と呼ばれるカロンは現在十四歳で、眼の色は下二人と同じ明るい灰色で、髪の色はその二人の中間くらいの、やや青みがかった銀色をしている。
ドジで泣き虫で臆病だが、穏やかな性格をしており、エディアローズ以外の兄弟とは、それなりに仲が良い。
中でも特に、母親が同じエクスカイルとキーリの事をよく気にかけていて、マイペースすぎる弟たちに振り回されながらも、こまめに面倒を見ているようだ。
カロンは希少な白魔術の使い手なので、今回も治癒の為にここに来ているのだろう。
……もっとも、看病している当のエクスカイルからは「臆病者」と呼ばれ、何かドジを踏む度に罵られて泣かされているし、キーリは誰に対しても無口で淡白だし、カロンの兄としての配慮が報われているとは言い難いが。
「なんだ。言いたい事があるなら、あと三ヶ月待て。部下に再教育を施して、目にモノ見せてやるぞ」
寝台の上にうつ伏せに寝転がったまま、エクスカイルが分厚い本を読んでいる。本に視線を向けたまま、こちらを見ようともしない。
……その台詞から察するに、財務官を「使える」ようにする為の計画を、今まさに練っている最中なのだろう。
(ようやく激務を終えたばかりだろうが)
今更だが、あの場であんな事を言う必要はなかったと、苦く思う。
別の機会にもっと違う言い方をすれば良かった。これでは休養になっていない。
「謝りにきただけだ」
僕は微かに息をついて用件を切り出した。
僕のその言葉に、エクスカイルがあからさまに嫌そうな顔をする。
「間違った事を言ったと思っているのか」
「そうは思っていないが、言い方がきつすぎた」
「遠まわしに言おうが直球で言おうが、内容は変わらん」
不機嫌な表情をしたまま、本から顔を上げずに言い放つ。
……エクスカイルは決して、自分が納得していない事を、無理やりやらされるようなタイプではない。
だからこうして検討しているという事は、僕の言った内容を認めて、文句が言えないくらいまで徹底的に改善するつもりがあるのだ。
だが、忠言を聞き入れる度量があるのは良いが、まるで休養になっていない現状は困る。僕は何も、こんなふうに無理をさせたかった訳じゃない。
「休むべき時にはきちんと休むのも、上に立つ者の務めだ」
「……おまえは口うるさい」
「でもでもエクス、ヒースさんの言う事ももっともだよっ」
僕の言葉尻に乗って、カロンが握りこぶしで弟を説得しようとする。疲労は極限だろうに、頑固に休もうとしないエクスカイルに、ずっと手を焼いていたのだろう。何とか休ませようとカロンも必死だ。
本来ならこういう場面では、側仕えの者が主を休ませようと気遣うものなのだが、エクスカイルには側仕えの者が一人もいない。
親から見離されたエディアローズと違って、元は母がつけた側仕えがいたのだが、本人がそれらを追い出したのだ。
こいつは人の好き嫌いが激しい。そして、気に入らない相手には容赦ない。
気難しいエクスカイルの許容範囲内に入る相手は非常に少ない。
「おまえが休まないと、エディアローズが心配する」
本人の自覚はともあれ、端から見れば気に入っているように見える相手の名を出すと、エクスカイルがようやく、本から顔を上げた。
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