十四章 『出発前』(明日は、協会本部か)
僕は疲れた体をベッドに横たえた。
昼間、精獣の楽園ラエルシードから、一人でセルフィーダへと戻ってきてから、精獣問題の対策に、かつての師匠でもある宮廷魔術師長ギーレンに、魔術師協会のグリンローザ支部の支部長にと、慌しく面会してきたところだ。
戻ってすぐ、執事のカリクに、シズヴィッドの家に行って、家族に事情を説明してくるよう頼んでおいた。
そして、しばらく戻れない姉の代わりに、明日から毎日、腕利きの医者を通わせる手配もさせた。
界と界を行き来する際、体に残る負担は大きい。
ラエルシードで修行をするとなれば、昼間だけ修行して夜には帰ってくるというようなやり方は、到底無理だ。
病弱な弟を心配するシズヴィッドに、「医者の手配はする。滅多にない機会だから修行に打ち込め」と勧めたのは僕だ。金はこちらで負担するから気にするなと言い包めてきた。
シズヴィッドは僕に金を使わせる事に恐縮していたが、そもそも、僕がもっと有効な力の使い方を教えられていたならば、今回の件は起きなかったのだ。
だから、師匠としてそれくらいはさせろと、強引に命令した。
修行の為にラエルシードに残ったシズヴィッドには、僕が使役する複数の精獣の中から、三羽の兄弟烏の一羽を残してきた。
三羽烏は界を隔てても常に兄弟と交信できるので、連絡役には非常に重宝する。
ラエルシードは人の身には危険な世界であり、本来ならば見習い一人を置いてくるなど言語道断なのだが、今回ばかりは例外だ。
鳥の王の娘である強大な存在が、責任をもってあれを守り導くのならば、他の精獣が害をなす事もないだろう。
鳥の姫が信頼できるかどうかは半ば疑問だが……。
例え向こうが、今回の件が片付くまでの人質というつもりでシズヴィッドを預かったのだとしても、シズヴィッドの将来の為には、賭けてみたい可能性だった。
単なる召喚術の試みが、極めて重大な問題に摩り替わった。シズヴィッドはよほど、数奇な運でも持っているのかもしれない。
だが、それもひとつの才能だ。それらすべてを最大限に利用して、強くなればいい。
できれば傍で修行を見守れれば良いのだが、今回の件はどうしても片付けなければならないものだ。
僕も、「賢者」の称号を持つ魔術師の一人として、傍観だけでは済まされない立場にある。こうして関わりを持ったからには尚更だ。
この問題が解決されなければ、いずれ、精獣が契約によって魔術師の使役となる召喚術の土台そのものが崩れかねない。
問題がグリンローザ国内のみで起きているならまだ絞り込みようはあったが、ラエルシードの始まりの森は、こちらの世界のどこにでも繋がっている、いわば「世界の入り口」だ。
始まりの森から精獣が消えているといっても、それが一体、こちらの世界のどこの誰が何をしてそうなったのかは、見当もつかない。
僕一人の手には負えない。だからこそ、協会本部に事情を報告して、世界規模で対策を練らなければならないのだ。
(できればすぐにでも本部に報告に行きたかったが、一日に何度も異界を渡るのは禁止されているからな)
魔術師協会の本部と、世界各地に散らばる支部との間は、魔術によって「道」が固定されている。その道を通れば地図上でどんなに遠い土地からでも、一瞬で行き来できるようになっているのだ。
ただ、その道は誰でも通れる訳ではない。中級以上の魔術師でなければ、使えない決まりとなっている。
その理由は、界と界を渡るには体の負担が大きいからだ。
ラエルシードに逆召喚された際、シズヴィッドがその衝撃で気絶したように、魔力の低い者では空間移動に耐えられない。また、魔力の強い者でも、一日に一度しか、道を使ってはならないとされている。
僕は今日、ラエルシードに行って帰ってきたばかりだから、それ以上、連続して空間を移動する訳にはいかなかった。
その分、明日からは本格的に動く。
この問題が片付くまでは、忙しくなりそうだ。
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