「高みの見物を決め込むつもりが、うっかりと総責任者などという立場を押し付けられてしまった。まあ、情報がいち早く入ってくるという意味では、一番の特等席と言えなくもないがね」
本部を発つ前に、総責任者となった参議のフロイトの執務室を訪れると、彼は小人族専用の特製の椅子にふんぞり返って、悪辣な表情でにやりと笑ってみせた。
緊急事態だというのに、フロイトはそれをどこか面白がっている雰囲気だ。元々、不穏時に裏で暗躍するのを楽しむような、物騒な性格の持ち主なのだ。今も、犯人をどう炙り出して処分するか、脳内であれこれと画策しているに違いない。
その狡猾さは、敵に回すと厄介だが、味方にするならある意味では頼もしいとも言える。
そのフロイトの補佐役に任命されたカル・ネルが、心配そうな表情で僕を見た。
「今回の件では既に、多くの魔術師や裁きの手の者達が調査に乗り出しているから、彼らから何か情報が入れば、すぐにそちらに知らせよう。そちらも何かわかったら連絡を入れてほしい。……それと、ハズ君やリリーさんは、今回はあくまでもアライアスの助手なのだから、彼のやり方が君らの本来のやり方と違っていても、彼の手助けを優先してほしい」
カル・ネルが、僕と共にこの部屋を訪れた裁きの手の二人を見やる。その言葉は落ち着いたものながらも、牽制の意味合いをも含んでいた。彼は、僕に監視がつけられたのを心底では納得していないのか、珍しく棘のある言葉を相手に向けている。
「心得ております」
「わかってますっす。カル・ネルさんは心配性すね」
断罪者のリリーがまるで表情を動かさず淡々と答え、執行人のハズは、目を細めてにしゃあと笑う。この二人は随分と対称的なコンビだ。
彼らは初対面の時から僕への対応もまるで違っており、ハズは馴れ馴れしい口調で関係ないような事まで気軽に口にするのに対し、リリーは事務的に、最低限の言葉しか話さない。
まあ元々、「断罪者」は長老直属の機関であり、「執行人」は参議直属の機関だ。
所属の違う彼らが行動を共にしているのは、魔術師を裁く権限を持つお互いが越権行為をしないよう、監視しあうのが目的だ。
上司が違う者同士がお互いを監視しあっている間柄なのだから、単純に「仲間」とは括れないのだろう。
「で、アライアス。君はどこから当たるつもりだね?」
フロイトが僕を見やる。
「……私の弟子が、現在ラエルシードで集めている情報を元に、行方の知れない精獣を使役していた魔術師を個別に当たっていこうかと」
未だ有効な手掛かりがない以上、行方不明になっている精獣が「どこの誰に使役されていたか」を調べるのは非常に重要で、不可欠な作業だ。
シズヴィッドは本人の強い希望で、精獣から話を聞いて回っている。
鳥の姫が同じ精獣として観点から話を聞きだすよりも、人独自の感覚で情報を聞きだせるなら、それで新たな手掛かりが見つかる可能性は、確かにある。
行方不明の精獣の身内や友人から話を聞ければ、特に重要な手掛かりに繋がる可能性もある。
僕はシズヴィッド経由で得られるそれらを順次、辿ってみるつもりだ。
精獣は、一度に一人の魔術師としか契約できない。既に他者と契約している精獣とは、二重契約を交わせない。
ならば行方不明の精獣と契約した魔術師を探せば、何かしらの手掛かりは得られるはずだ。
「ほう?」
フロイトが感嘆の声を上げる。
「ええ? そんなん危険じゃないすか? ってかお弟子さん、もうラエルシードにいるんすかっ!? 元から危険な場所だってのに、精獣はただでさえ、今回の事件でピリピリしてるんじゃないすか。そのお弟子さんって、そんなん任せられるくらい優秀なんすか」
ハズが驚きに目を見開いて、長いヒゲをピクピク動かす。
常識で考えれば有り得ない話に、驚く気持ちはわかる。
ラエルシードは僕と同程度の実力があってさえ、単独で動き回るには危険が伴う……そんな世界だ。そこに弟子を置いてきたとなれば、そういう心配が出るのももっともだ。
僕がラエルシードに召喚され、この件に関わった経緯は既に協会に報告してあったので彼らは知っている。
それに加えて、弟子を一人でそちらに残してきた理由や、その弟子が調査に乗り出した事などを説明してゆく。
説明が進むにつれて、面々の表情に、驚きと呆れの色が浮かんだ。
「それはまた大胆な。鳥の王の娘の守護は確かに心強いだろうが」
「え、そりゃすごいすけど、そのお弟子さん、ホントに大丈夫なんすか?」
「あちらでは契約を交わした精獣でさえ、絶対の支配下には置けないと言われています。ましてや鳥の姫とは、正式な契約すら交わしていないと? ……そんな状況下で、よく見習いを一人で置いてこれたものですね」
カル・ネル、ハズ、リリーが順次、それぞれの意見を口にしていく。
カル・ネルはやや心配そうながらも落ち着いていたが、ハズは非常に不安げに。そしてリリーは明らかに、僕が弟子を置いてきた事を批難する口振りだった。
これまでは最低限の言葉しか話してこなかったリリーが、僕に対して私的な意見を述べるのは、これが初めてだ。
「鳥の姫は信頼できそうかね」
探るような視線でフロイトが問うてくる。僕はそれに薄く微笑んだ。
「彼らは人よりずっと誠実です。約束は重きもの。「たかが口約束」であっても、理由もなく破りはしないでしょう。……それに私は、弟子を信じておりますので」
確かに僕も、シズヴィッドの心配はしている。だが同時に僕の中には、あれが無事に鳥の姫からの信頼を勝ち取るだろうという、確信にも似た思いがあった。
姫と相対するシズヴィッドの人柄を信じて、任せた。
そうでなければ僕はとうにラエルシードに戻り、強引にでも調査を中止させていたところだ。
(そこまで無茶をする以上は、持ち前の熱意と根性で姫の信頼を絶対に勝ち取れ、シズヴィッド。……それができなければ、僕が師としての権限でおまえを連れ戻しに行くぞ)
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