結局あれから、エディアローズの提案通りに表の庭に場所を移して、僕たちは揃ってお茶を飲むハメになった。
性格があれだが、仮にも王子であり来客である。やってきてしまったなら、もてなさない訳にはいかない。
シズヴィッドも妙に気に入られて同席を求められ、共にテーブルを囲んで椅子に座っている。
まあ、こいつがここに来たそもそもの目的が、「女嫌いの僕が取った女の弟子を見る」事だったのだから、はじめから興味津々だったとも言える。
「シュシュ、おやつがあるよ」
メイドが用意した菓子の中に木の実の皿があるのを見て、エディアローズが自分の上着のポケットを軽く叩く。
キュキュ、と鳴き声がして、そのポケットから茶色の毛並みに黒い瞳のリスが顔を出す。
リスとしては魔力が強く長生きするキャネリットという品種だ。手入れが良く毛艶も艶やかだ。
姿は小ぶりで可愛らしく、性格は人懐っこく、一度主人と認めた者をどこにいても察知して帰ってこようとする帰巣本能があり、人に移るような病気にもなりにくい。
そういった性質から、犬猫と並んで人気の高いペットである。
シュシュは、エディアローズが飼っていて、大抵いつも連れ歩いている。僕の屋敷の召使いたちはそれをわかっているから、菓子皿に木の実を用意したのだ。
「まあ、可愛らしい」
シズヴィッドがシュシュを見て、両手を合わせて顔を輝かせた。
女子供は大抵が小動物好きだが、こいつもその例に洩れないのだろうか。
「ありがとう。この子はシュシュっていうんだ。僕の友人だよ」
「こんにちは、シュシュちゃん」
シズヴィッドがそっと手を差し出すと、人懐こいシュシュは飼い主の元を離れ、ちょこちょことテーブルの上を歩いてシズヴィッドの前まで行った。そして、その手にひょいっと小さな片手を乗せて挨拶する。
「本当に可愛い。あの、木の実をあげてみてもいいですか」
「ふふ、どうぞ。シュシュも喜ぶよ」
シズヴィッドは小動物に夢中だ。それを見て、エディアローズが楽しそうに笑う。
こいつは王子でありながら不吉だと周囲に避けられているから、ペットを自慢できる相手が少ないのだ。
エディアローズが楽しげに笑うと、周囲の精霊も嬉しげに笑いさざめく。
精霊は言語を持たないが、豊かな感情を持っている。彼らの喜怒哀楽を読むのは、魔術師にとってとても重要だ。
エディアローズに群がる精霊はどれも例外なく、こいつに対する愛情や好意で溢れている。
こいつが好きだから集まってくるのか、寄せ付けられる何らかの要素があるから好意的になるのかは、まだ研究段階でわからないが。
「そういえば、スノウ嬢の武術の腕前はとてもすばらしかったね。ヒースに弟子入りしてからはまだ日が浅いけれど、前はどちらに師事していたのかな。それとも、独学で?」
あれだけのレベルの戦闘術を心得ている女などかなり希少だ。エディアローズもやはり、その経歴が気になったようだ。
「護身術は幼い頃から母に習っていました。それをより本格的に鍛えてくださったのは、こちらに来る前に師事していた、クラフト・ペレさまです」
「え、あの疾風のペレの弟子だったんだ? 僕、13年前の国境の戦いで彼の活躍を見たよ。あれは本当にすばらしかった。
僕はあれが初陣で、安全な砦の上で戦場を見下ろしていただけなんだけど。
その異彩な戦い方と、派手な魔術を使わずに一人でどんどん敵を倒してゆく勇姿には、とても感動した」
知っている名を聞いて、エディアローズの声が弾む。
お世辞でなく、こいつはあの戦いでペレの勇姿に感動していた。本人も剣士だから、タイプこそ違うとはいえ、その戦い方には学ぶべきところが多かったのだ。
僕もまた、ペレには強い印象を持った。
彼からの紹介状を持っていると聞いたからこそ、シズヴィッドに直接対応したのだ。
国境での戦いから戻った後も、顔を見掛ければ軽く挨拶をする程度には、ペレとは付き合いがあった事だし。
女であるシズヴィッドを見た時は、よりによって僕の元へ女の弟子を推薦してくるとはと不快になったが、それも、その特異な才能と不屈さと武術の実力を知る内に、紹介状を書いたペレの気持ちがわかってきて、次第に納得に変わっていった。
弟子だったこいつの特性をわかりやすく書いてあった紹介状の最後は、こう綴ってあった。
『親しくもないのに、いきなりの不躾なお願いで、まことに申し訳ありません。
ですが、スノウ・シズヴィッドの才能を伸ばせる可能性があるのは、もはや国内には貴方以外にはおられないと思い、無礼を承知で筆を取りました。
この子が一人前の魔術師となれるのを、彼女を師事してきた者として、強く願っております。
彼女が師と仰いできた他のお二人もまた、私と同じ気持ちです。どうか、彼女をよろしくお願いします』
短い文面ながら、そこに籠められた切実な願いが伝わってくるような文章だった。
……シズヴィッドは、魔術師の資格こそ取れなかったとはいえ、良い師に恵まれてきたようだ。
他の二人の師が誰かは知らないが、きっとその二人も同じように、こいつが一人前の魔術師となれるのを、心から願っているのだろう。
「ありがとうございます。殿下のお言葉を、師に聞かせて差し上げたいです。
あの方は私と同じで、魔力の少ない魔術師でありながら、接近戦に魔術を併用して強くなられた方ですから。
魔術師としての地位が低いのを気に掛けておられましたが、私にとっては良い師匠でした。あの方が褒められるのは、私にとっても誇らしいです」
かつての師を褒められて本当に嬉しそうに微笑むシズヴィッドを見て、僕は、僕へと託された彼らの願いの重さを、改めて噛み締めた。
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