「それにしてもすごいですね」
空になったカップを置いて、シズヴィッドがエディアローズを……正確には、その周囲を取り囲む精霊たちを視る。
シズヴィッドが傍にいるせいでその数はかなり減ったのだが、それでもまだまだ溢れかえっている。
力の弱い精霊は近づけず、力が強めの精霊ばかりが残っているのもあって、視える者にとっては圧巻の光景だ。
だが、エディアローズはきょとんとして首を傾げる。
「何が?」
「私、精霊にこんなにも愛されている方は初めてみました。私の最初の師匠がとても精霊に愛される方で、彼女の周囲にはたくさんの精霊がいましたが、ここまで多彩な種類がこんなにも集まっているのは、今まで見た事がありません。私は精霊に避けられてしまうので、羨ましい限りです」
「そうなんだ? 僕は、存在はなんとなく感じられるけど彼らの姿が見えないから、実際にはよくわからないんだけど」
「ええっ!? これだけ精霊に愛されていながら、まるで見えないんですか!?」
「シズヴィッド、こいつに魔力があるように見えるか?」
僕は驚く弟子に、注目すべき点を指摘する。
精霊を視るには、多少なりとも魔力が必要だ。だがエディアローズには、それだけの魔力がないのだ。
「……いえ、魔力は殆ど感じられませんが。でも、魔力を持たずとも精霊に愛される方はいますけれど、これは、いくらなんでも異常では?」
当人を前にして言い切った。本当に図太い女だ。
「まあ、異常なのは確かだ。僕はこいつの色違いの瞳が、本当に周囲を不幸にする力があるのか調べるよう依頼されている。
そして、纏わりつく精霊はその瞳に寄せられてくるのか、あるいは別の要因で集まってくるのかも、個人的な興味で調べている」
「なるほど、そういう繋がりですか」
紅茶のおかわりをして、シズヴィッドが頷いた。
「個人的な興味だって。妖しい物言いをするね。
知ってるかい? スノウ嬢。ヒースが女嫌いになった原因のひとつに、ご令嬢に男色の噂を流されたからっていうのがあるんだけど。あれ、そのお相手は僕って事になってるんだ」
「余計な話をするなっ」
悪戯な笑みで、エディアローズがいらない事を言う。
あれは僕のトラウマだ。なかった事にして忘れたいというのに、捻くれ者のこいつは、僕に嫌な顔をさせる為だけに、その話を蒸し返すのだ。
「納得ですね。顔の良い男の人が一緒にいるのを見ると、自分以外の女性と付き合われるよりは、男同士の方がいっそ素敵とか、夢みちゃうんですよね」
「どんな夢だ!? それは!?」
いい加減、怒鳴ってばかりで疲れてきた。僕が苛々しているのに、この二人はまったくお構いなしで会話を続けているから、尚更腹が立つ。
「スノウ嬢も、ヒースに憧れてたりするんだ?」
「いいえ、私は師匠に「絶対に惚れない」という条件で、弟子入りを許された身ですから。それに、恋愛にうつつを抜かす暇があるなら、その分修行に打ち込みたいですし」
きっぱり否定されて、エディアローズが意外そうな顔をする。
女は大抵、口では否定しつつも、まんざらでない様子でこちらを窺ってくるものなのだが、こいつの否定には微塵も迷いがないのだ。
こいつがわかりやすく浮かれるのは、ルルーシェという弟が絡んだ時だけだ。
別に僕以外の相手ならば誰に恋をしようと構わないのだが、今のところそういった気配は見られない。重度のブラコンであるのに加えて、魔術師になるのに執念を燃やしまくっているのが原因だろう。
「ヒースは随分とタチの悪い条件を出したものだ。こんな素敵なご令嬢を傍に置いて、惚れてから自分の発言を後悔しても知らないよ?」
その、裏に色々と含むところのある笑顔が、エディアローズの腹黒さを如実に表している。
どうせ僕が出した条件を聞いて、自惚れが強すぎるとかなんだとか、馬鹿にしているんだろう。
「あるはずないだろう、そんな事」
「そうですね。殿下、お世辞は結構ですよ」
僕が即答し、シズヴィッドもそれに頷く。エディアローズの褒め言葉を本気にしていないのか、その様は平然としたものだ。
「お世辞じゃないんだけどね。ヒースはもったいない事をしたと思うな」
褒め言葉をあっさりと受け流されて、エディアローズは小首を傾げて苦笑する。
こいつから見ればシズヴィッドは、自分の瞳に怯えずに普通の態度で接してくれる、さぞかし貴重な相手だろう。(その普通の態度が失礼なのはともかくとして)
女嫌いの僕のとった弟子という肩書きが物珍しいのもあるだろうが、こいつがこういう接し方をしてくれる存在に対して好意的になるのは当然と言える。
「師匠はこう見えてモテますから。惚れるなという条件がなくとも、どうせ私には手の届かない高値物件と思えば、余計な邪念も湧きません」
「物件とか言うな」
「ああ、ヒースは確かに女性にモテる。自他共に認める天才なのに、自分を磨く努力を怠らない、我が国が誇る最高位の魔術師だし」
「ええ、私も師匠のそういったところを尊敬しています。
私は平凡な魔力量しか持たなかったから、自然と「節約」という研究分野に行き着いたのに、師匠は膨大な魔力を持っていながら「節約」の研究に熱心なんです。これはすごい事です」
僕の突っ込みを、どちらもあえてスルーした。揃いも揃って失礼すぎる。
しかも、この二人の褒め言葉はどこかうすら寒い。
特にエディアローズの方は、僕が嫌がるのを面白がってからかっているのがわかるから、褒められているような気がまるでしない。
「女嫌いで、態度も口も悪い上に、とっても短気だけど、面倒見はいいし」
「確かに師匠って、意外と面倒見が良いです」
「二人とも、虫唾が走るような褒め方をするな」
いい加減嫌気が差して、会話の流れを止めようとするのだが、息の合った二人は、のらりくらりと僕の追及を躱す。
「せっかく褒めているのに、どうしてそういう反応をするかな。心の狭い男は嫌われるよ、ヒース」
「大丈夫です、殿下。師匠なら、口の悪さと態度のでかさを顔の良さだけで補えますから。女嫌いが治って恋がしたくなったとしても、きっと、相手には困りません」
「ふふ、スノウ嬢は本当に、面白くて素敵だね」
「褒めても何も出ません」
「ふふふふふ」
…………なんだろうか。この二人の会話を聞いていると無性に疲れる。
どうも、僕の苦手な者同士が仲良くなってしまったようだ。
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