ひどく疲れるお茶会を終えて、エディアローズは「僕は君と親しくなれたのを、心から嬉しく思っているんだ。絶対にまた、近い内に遊びにくるから」と、シズヴィッドにかたく約束して帰っていった。
初対面だというのに、心底こいつを気に入ったようだ。
まさかとは思うが、惚れたはれたといった厄介な感情に発展しなければいいが。
僕が関わらないで済むならいいが、二人の接点は今のところ僕しかない。現状でそんなものが持ち込まれれば、関わらずに済むとはとても思えない。
もっとも、エディアローズがそうそう軽率に、他人に恋愛感情を寄せるとは思えないが。
あの瞳にまつわる伝承の中に「連れ添った伴侶をもっとも不幸にする」という記述があり、それを否定できる根拠が見つからない以上、誰かと付き合う気はないようだし。
「まったく、無駄に疲れさせられた」
僕は部屋に戻る。慌しい一日だった。
椅子に座って、大量の書類の束の中から、「色違いの瞳に関する考察」と題名をつけた束を探し出す。
エディアローズと会った後には、これに新しい記述を書き足して、自分なりの研究材料を集めている。
今日は変質の魔力を持つ変わった存在が傍にいたから、いつもとは違う精霊たちの反応があった。
それを記しておかなければならない。
メイドと共に茶器を片付けてきたシズヴィッドが、「お疲れ様です」と、適当な調子でねぎらってくる。こいつも僕を疲労させた元凶の一人であるというのに、まったく悪びれた様子がない。
「噂に名高い「不吉王子」に会った感想はどうだ」
僕は椅子の背もたれに体を預けて伸びをして、ちらりと弟子を流し見る。
「女として居た堪れないくらい、すっごく綺麗な方でした」
「……そっちに反応するのか」
つくづく予想外の反応をする女だ。
女顔とはいえ美貌の男だ。異性として気になっても不思議はないのだが、……これはどう見ても、鑑賞品をうっとり眺める程度の反応でしかない。
「だって、本当に綺麗でしたから。淡い金髪はキラキラと輝いていて芸術品のようでしたし、肌だって滑らかで白くて陶磁器のようでしたし、殿下だと気づかなかったら、私、絶対に女性だって思いこんでしまっていました。
お話しをしている時も、頭では男性とわかっているのに、つい女性にするような対応をしてしまいそうになって困りました。でも性別に関係なく、綺麗な方は見ているだけで眼福です。それに見た目を差し引いても、とても話しやすくて面白い方だと思いました」
随分と独特の感想だ。
見た目はともかく、話しやすくて面白いなどど言われるのは、エディアローズにとっては初めてだろう。この言葉を教えてやったらどれだけ喜ぶか。
「まさかおまえたちが、あれほど気が合うとはな」
「シュシュちゃんも可愛かったです。リスさんを友人って、殿下は素敵な呼び方をされますね」
「事実、あいつにとっては唯一の友だったんだろう。両親に忌避され、周囲からも避けられ続け、どこかに幽閉するといった話も出ていたというしな」
「幽閉、……ですか」
「物騒だろう」
幽閉という単語を聞いて、さすがにシズヴィッドも眉を顰める。
それだけ、色違いの瞳は不吉と考えられてきたのだ。生まれてすぐに殺されなかっただけ幸運と思わねばならない程に。
王家の醜聞など、巷まで知られているものもあれば、闇に葬られ外に出ないものもある。
れっきとした王子が、あるいは幽閉されて育てられたかもしれないとは、一般には知られていない。
「おまえは伝承が怖ろしくないのか?」
(あのふてぶてしい態度でそれはないと思うが)
「いいえ」
案の定、シズヴィッドは首を振って否定した。
「魔術的に実証されている説ではないので実感が湧きません。殿下と直接お会いしても、今のところ、自分が不幸になったと思うような変化もありませんし。今後何かあっても、それが殿下とお会いしたせいとは限らない訳ですし」
はっきりと言い切る。小気味良い考え方をするものだ。その神経の図太さに、いっそ感心したくなってきた。
せめて周囲の半分だけでもこのような考え方ができていたなら、エディアローズの不幸は半減しただろう。不吉王子という忌み名で呼ばれながら、その瞳でもっとも不幸になったのは、皮肉な事に当の本人だ。
シズヴィッドだって、今後自分の周囲でわかりやすい不幸があれば、もしかしたらエディアローズに対する態度が変わるのかもしれない。自分の態度がどれだけあいつを喜ばせたか、まだ、本当の意味では理解していないだろう。
僕が難しい顔で考え込んだのを見て、シズヴィッドが更に力強く言い募る。
「もし仮に伝承が本当だったとしても、殿下がご自分の意志で不幸をもたらしている訳ではないのですから、無闇に怯えるより、有効な解決策を探すべきです。そういう訳で、師匠にはぜひ頑張っていただきたいものです」
そう。魔術的な解決策を探るのは、それを依頼された僕の腕に掛かっていると言っても過言ではないのだ。
「ならおまえも弟子として研究に協力するように」
「喜んでお手伝いいたしますとも」
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