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オリジナル創作ブログです。ジャンルは異世界ファンタジー中心。 放置中で済みません。HNを筧ゆのからAlikaへと変更しました。
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「明日、花が咲くように」 九章 1

九章 『凶王子』



先月17歳の誕生日を迎え、私は家族の皆から心づくしのプレゼントをもらった。
でも、お母様が縫ってくれたワインレッドのドレスと、ルルが造ってくれた可愛らしいピンクの薔薇のコサージュは、休日以外、身につけられなくなった。

ただ、お父様からもらったコートだけは毎日着られる。
中古とはいえ、コートなんて高い買い物だ。お父様には無理をしないでと何度も言ったのだけれど、私がこれまで着ていた物が小さくなってしまったのもあって、女性物のコートを奮発して買ってくださったのだ。
嬉しいような申し訳ないような、複雑な気持ちだ。
私の服にお金を掛けるより、ルルに何かあった時に備えて貯蓄しておいてほしいと思うから。

(だって体の弱いルルが病気にでもなった時、お金が足りなくてお医者さまに診てもらえなかったりしたら、そっちの方が一大事だもの)

私は薬剤師の免許を持っていても本職のお医者さまではないから、通常の処方だけで手に追えないようになれば、お医者さまに診てもらうより他にない。
肺が弱いルルにとっては、冬が一番体調を崩しやすい時期だ。油断はできないし、貯えは余分にあった方がいいのに。

それでも、プレゼントを差し出すお父様の嬉しそうな微笑みを見てしまえば、とてもそんな文句は言えなくって、私はお礼を言ってコートを受け取ったのだった。

(本当はお父様のコートだけじゃなく、お母様のドレスもルルのコサージュも、毎日身につけたかったけれど、それは仕方がないよね)

コート以外のプレゼントを平日タンスにしまいこむ原因は、女嫌いの師匠にある。
……ただ、却下される前に、私が自分から引き下がったのだが。
どんな服を着ようが自由だと、粘ろうと思えば粘れたかもしれない。師匠は無愛想だけど、本当は優しい人だから、強く主張すれば許可が出たと思う。

だけどあの時の師匠の様子を見て、引いた方が良いと思った。
弟子を破門されるのも怖かったけれど、それ以上に彼がとても辛そうで、これ以上、そんな思いをさせたくなくて。

(魔術の天才で、何もかも持っているような恵まれた人なのに、どうしようもなく子供っぽい人)

怒りっぽくて口が悪くて、何かあるとすぐゲンコツで頭を殴る。
でも、殴る時はいつも手加減してくれるし、心の底では優しくて、人を冷たく突き放せない一面も持っている。

――――ああいう人を傷つけてしまうのは嫌だと思う。
だから私は反発より先に、服を着替えてくると素直に言えた。

家に帰ってから、せっかくのプレゼントを日常で使えなくてごめんなさいと、お母様とルルに謝った。
だけど二人とも怒りもせずに、笑って納得してくれた。


魔術の方は相変わらず、はっきりとした進歩はない。
いくら天才と呼ばれる師に弟子入りしたとはいえ、それだけで何もかもがうまくいくなんて都合の良い考えは、元より持っていない。
桁外れに素晴らしい師の元で学ばせてもらっているのは確かなのだ。後は私にできるのは、ひたすら努力する事だけだ。

近々行われる魔術師の資格認定試験を見送るという師匠の判断にも、文句はない。
だって私自身、今のままでは資格を取れるなんて到底思えないから。

多少の魔力を操れる人はそれなりにいても、正式な魔術師と認められるのは、ほんの一握りの存在だけ。
私は、厄介な魔力性質を持ちながら、狭き門を目指しているのだ。物事が簡単に進むはずないのは、自分が一番良くわかっている。



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「明日、花が咲くように」 八章 5

僕がドレスを拒絶したせいでそれまでと同じ服装に戻ってからも、シズヴィッドの勤務態度はまるで変わらなかった。
相変わらず良く働き、達者な減らず口を叩き、倹約に異常な執念を燃やして、廃棄物の再利用に燃えていた。
心配して駆け寄ってきた相手に対して「触るな」と拒絶したのは、いくらなんでもやりすぎだった。だがシズヴィッドはそれに関しては一度も文句を言わず、ただ自然とお互いの距離を探って、それを保とうとした。

初対面の時からずっと、図々しい性格の女だと思っていたが、それは少し改めなければならないようだ。
シズヴィッドは図々しさ以上に、賢さと冷静さと、我慢強さを持っている。
今回の件では逆に、僕の精神的な未熟さが浮き彫りになって、居た堪れない思いがした。

自分では気づいていなかったが、僕は未だに幼少時のトラウマを引き摺っていたようだ。
とうの昔に亡くなった母を、子供一人残して逝ったからと恨んで、許せずにいるなんて。……なんて幼い。
これからは、「女だから」という理由だけで八つ当たりしないよう、しっかり自制しなければ。

我が事ながら、難しい課題だとは思う。
だが、シズヴィッドは女である前に一人の人間であり、僕が認めた弟子でもあるのだ。師という立場にあるからと、これ以上、理不尽に傷つけていいはずがなかった。



十二月に入り、魔術師協会から、魔術師の資格昇級の試験実施を報せる手紙が届いた。

魔術師協会とは、世界各地に支部を持つ団体の名称で、世界一の魔術の権威である。
その協会で正式に認められた者だけが、おおやけに「魔術師」として名乗れるというのが、世界共通の決まり事だ。

魔術の実力があるのを前提に、専門の知識を持ち、世界の法則を知り、人としての正しい倫理観を持つ者だけが、魔術師と認められる。
規律を破って称号を剥奪された者は「堕術師」と侮蔑される。
正式なライセンスを持つ事がそのまま、魔術師としての信用に繋がるのだ。

魔術師協会のグリンローザ支部から郵送された報せを一瞥し、僕はその手紙をシズヴィッドに差し出してみせる。

「協会からの、試験への申し込みの有無の確認だ」
「もうそんな時期になったんですね」

渡された手紙を読んで小さく息をつく。
内容に目を通してから、手紙を元通りに折り畳んで僕に返してくる。
シズヴィッドはこの報せに対し、僕がどういう答えを出すのかを、もうわかっているのだろう。

試験は年に二度、一月と八月に行われる。
これを逃せば、次に魔術師となれる機会は半年も先送りになる。
だが、今の時点で試験を受けるだけの確固たる実力のない者は、試験には推薦できない。
弟子を持つ魔術師に試験参加の有無を確認してくるのは、初めから見込みのある者だけを送り出せという、協会側からの暗黙の指示である。

「弟子が試験を受けるに相応しいだけの実力を持つかどうかの判断は、師に委ねられる。僕は今の段階では、おまえに試験を受けさせる気はない」

シズヴィッドの目を見て、はっきりと宣言する。
答えを先延ばしにしても意味がない。少なくとも後一ヶ月で、この弟子を一人前に育てられるとは思えないのだ。
現実的に物事を見れば、今回の試験見送りは当然の結果だった。

「おまえは戦力だけをみれば、並の魔術師程度に戦える実力はある。だがそれは、格闘に重点を置いた場合の話であり、純粋な魔術の技量そのものは「未熟」の一言に尽きる」
「……はい」

シズヴィッドは、この国で最も浸透している精霊魔術をまったく使いこなせず、召喚術も成功していない。
こんな現状ではどうしようもない。本人もそれをわかっているから、頷くしかないだろう。

ただ、生まれながらの素質に大きく左右される白魔術が使えないのは、仕方がないと言える。
白魔術は使い手が希少で汎用性もあり、とても重宝されている。それが使えるならば他が覚束なくても魔術師として優遇されるのは間違いないのだが、こればかりは、努力だけではいかんともし難い。

黒魔術はそもそも、学ぶのを歓迎されない。
この国以外を拠点とするなら黒魔術を学ぶのも選択肢としてありだろうが、シズヴィッドは弟のいるここを離れるつもりはないというから、今のところ除外している。
魔との契約や呪いなどを主体とする暗黒面の技は、代償を求められたりと様々な弊害もある事から、一般に嫌われがちだ。
また、この国では、長く冷戦状態が続く敵国が黒魔術を得意とするのもあって、特にその方面への印象が悪いという事情もある。

僕自身は、四大魔術すべてを使いこなす。
黒魔術も、僕は自身が知らなければ納得いかないと師匠に無理を言って、半ば独学で習得した。
白魔術の方は、元々、母の血からその才を受け継いでいた。
その二つは相反する性質なので、両方を使えるのは極めて珍しいと言われている。
その上で、精霊魔術も召喚術も使いこなすとなれば更に希少となり、そのどれもを高度に使いこなすとなれば、世界でもほんの一握りしか存在しなくなる。

僕はこの国で唯一、四大魔術すべてに精通する人材である。
だからこそ、シズヴィッドがどんなに厄介な性質を持っていたとしても、柔軟に対応して鍛えられる可能性があると思っている。
国一番の魔術師と呼ばれる僕の元に弟子入りしたのだ。
シズヴィッドにはしっかりと実力を備えさせた上で、試験に臨ませるつもりだ。



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「明日、花が咲くように」 八章 4

結局、僕は強く否定できぬまま、退出するシズヴィッドを見送った。
武術訓練の為に動きやすい服も持ってきているから、着替えの服には困らないのだろう。

漠然と、ひどい事をしたような気がする。
あれがどうして男装まがいの服装をしていたのかも、どうして今日に限って女物のドレスを着てきたのかも聞かずに、僕は本能で嫌悪し、その格好を拒絶した。

母が縫ってくれたと言ってドレスを見せた時のシズヴィッドは、嬉しそうにはにかんでいた気がする。
実際、ドレスを着ているのが嬉しかったのではないだろうか。
それを僕が、自分の身勝手さで拒否した。

押し掛けてきたあれを、確かに最初は「女だから」という理由で断った。
根性に負けて弟子にした後も、しばらくは性別にこだわって斜めに見ていた。
だが、性格を知る内にきちんと弟子として認め、一人前の魔術師に育てると、自分で決めたはずなのに。
服装一つでこんなにも動揺するなんて、思いもしなかった。

(気遣わせ、選ばせた)

自分の浅慮だったと先に謝らせてしまったのは、僕の精神的な未熟さのせいだ。


『貴方もいつか、恋をすればわかるわ』

また、母を思いだした。
寝台に横たわり、遠い目をして語った言葉を思いだした。
僕を見ずに、ただ失った夫の面影だけを求めていた。

母は色素の薄い髪色が多いこの国では珍しい、黒髪黒目をした女だった。
元は異国の魔術師で、この国の貴族だった父と結婚し、僕を身篭ったらしい。
父が事故で死んだ後、母はそれを追うように日に日に衰弱してゆき、まもなく死んだ。
生きようと思えば生きられたはずなのに、死を望み、僕をただ一人置いていった。

母は父を深く愛していて、父がいない世界に絶望し、心が死んで、身体も死んだ。
魂が抜けた虚ろな表情で、食事も水も摂らず、ゆるやかな死だけを待っていた姿が目に浮かぶ。
ああいう激情は、僕には理解できなかった。
父がいなくなっただけでも辛いのに、どうして母まで逝こうとするのか、幼い僕には納得できず、何度も何度も、生きてほしいと訴えた。
結局、その願いが叶う事はなかったが。

ただ一人を愛しすぎたが故に、残された世界に未練がなくなってしまった母を責めても仕方がないと、もう、とうの昔に割り切ったはずだった。
子供一人残されたとはいっても、父からは貴族の地位と莫大な遺産を相続し、母からは魔術の才を受け継いでいた僕は、一人でも生きてゆくのに、特に支障はなかったのだ。

両親が死んで、僕は宮廷魔術師長の元に弟子入りした。
宮廷に出入りする女たちが、珍しい黒髪にすぐ興味を持ち、残された遺産と地位、そして魔術の才能に目をつけて、度々言い寄ってくるようになった。

それに嫌気が差し、僕は学友のエディアローズの傍にいる事が多くなった。
不吉王子と忌み嫌われるあいつの傍にやって来てまで僕を口説けるような根性のある女は、宮廷にはいなかったから。
女避けに利用されるのに対して、エディアローズは辛辣な嫌味こそ言ったが、それでもあいつは、そうする事を僕に許した。

僕はこれまで、自分の女嫌いの原因が母にあるとは考えていなかった。
けれど、シズヴィッドの……近しい存在となりつつある相手のドレス姿を見て、嫌悪で気持ちが悪くなった時、真っ先に思いだしたのは母だった。
つまるところ、結局は、そういう事なのだろう。

扉をノックする音がして、僕は我に返る。

「入れ」
「はい。……師匠、大丈夫ですか?」

いつものローブにズボンという格好に戻ったシズヴィッドが、気遣わしげに僕を見る。
それに頷いて、僕は「すまない」と、小さく詫びた。
詫びる事しかできなかった。



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