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オリジナル創作ブログです。ジャンルは異世界ファンタジー中心。 放置中で済みません。HNを筧ゆのからAlikaへと変更しました。
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「明日、花が咲くように」 七章 8

「ギーレン様といえば、宮廷魔術師長の?」

スノウ嬢が嬉しそうな声を上げる。
魔術師を目指す者にとって、宮廷魔術師長という立場に何十年も立ち続ける彼は、憧れの存在なのだろう。

「うん。彼はヒースの魔術の師匠だった人でね。彼に師事する為にヒースが宮廷にいた時期があって、その頃僕もギーレンから様々な知識を学ばせてもらっていたから、ヒースとは幼馴染みみたいなものなんだ」

説明しながら、そういえば、僕とヒースの関係をスノウ嬢にきちんと話すのはこれが初めてだっけ、と気づく。
最初に会った時から妙に息が合って、ヒースをからかいつつ楽しく話をしてばかりだったものだから、意外と基本的な情報の交換をしてなかった。

「師匠のお師匠さまは、あの高名なギーレン様だったのですか。それに、師匠が宮廷で過ごした時期もあったなんて知りませんでした。道理でお二人は仲が良い訳ですね」
「ちょっと待てっ。どこをどう見たらそう見える!?」
「ふふ、照れなくてもいいじゃない。実際仲良しなんだから」
「どこがだ!」
ヒースがものすごく嫌そうに反発する。でも実際、気心が知れている相手じゃなければ、こんなふうに軽口なんて叩けない。そういうのを素直に認めないところが、ヒースの面白いところでもあるんだけど。

「ヒースは数年でギーレンを超えて、国一番の魔術師と言われるようになった。そしてその後、個人で研究がしたいからと、宮仕えの誘いを断って宮廷から出ていったんだ」

宮廷魔術師長であり彼の師匠であるギーレンが、ヒースの実力を自分より上だと公に認めた時点で、ヒースは自動的に「国で一番の魔術師である」と認定された。
それも当然だ。それまでずっと何十年も、ギーレンこそが国一番の実力者であると言われ続けてきたのだから。
宮仕えを拒んだ件に関しては、当時かなりの反発を呼んだ。だけどそれも結局は、ヒースの飛びぬけた実力を前に沈黙した。彼を粗雑に扱って他国に行かれてしまうよりは、できうる限り優遇して、この国にい続けてもらった方が賢いと中枢に思わせるだけの実力と頭脳を、ヒースが備えていたからだ。

「宮廷魔術師となるのは大変名誉な事ですが、国務で忙しく、研究だけに時間を割けないという面もありますからね。研究第一の師匠にはあまり向いていなかったのでしょう」
「そうだね。それにヒースってこういう性格だから、他人に仕えるとかそういうのが、そもそも向いてないしねえ」

スノウ嬢と二人で苦笑を交し合って、肩を竦めて、呆れた顔をしてみせる。
それに文句を言いたげなヒースに、僕が「ごめん、本題がずれたね」と微笑むと、何を言っていいのか迷う表情で黙り込んだ。
スノウ嬢も、話がずれたのを承知で、あえて僕の話に付き合ってくれていたのだろう。
彼らは表向きは平静に振舞っていても、内心では僕の心情を、とても気遣ってくれている。
王と正妃の「声」を意図的に話題から外しているのも、それに触れたら余計に僕を傷つけてしまうだけだとわかっているからだ。

(知りたくもなかったあの人たちの心情は、多分、こうして改めて「声」として聞かなくても、僕に対するその態度で、気づいてた。わかってた)
だから今更傷ついたりはしない。
僕はそう、自分に強く言い聞かせる。

「グレイシア殿下もそうだけど、他にも、僕の剣の師の声もなかったと思う」
逸れた本筋に話を戻す。

「剣の師匠ですか?」
「そう、僕の頼みに応えて、剣術を教えてくれた人。そして、そのせいで王の近衛から外された騎士」
まだ知り合って日が浅いから、スノウ嬢が僕の事情を詳しく知らないのは当たり前だ。だから僕はわかりやすく説明する。
「サリア・ロッドベルトか」
ヒースは心当たりがあるから、「確かに、あの男の声が聞こえないのはおかしいな」と静かに同意した。

「うん。「近しい人」の条件に当て嵌めるなら、彼の声が聞こえなかったのはおかしいと思う」

恨みつらみが思いとなって届くというなら、彼の声がないはずがない。恨まれていないなんて、自分に都合の良い考えはとても持てない。

「サリアは王の近衛隊の副隊長だったのに、僕に剣を教えたせいで、王の不興を買ってしまったんだ。そして近衛の任を解かれ、国で一番不安定な情勢の国境へ飛ばされた」
「……そんな」
スノウ嬢が口元に手を当てて、どうしようもなく悔しそうな顔をする。

そんな理不尽がまかり通る程に、色違いの瞳を持つ僕は、国にとって邪魔な存在だったのだ。
そんな僕に気をかけてくれたからこそ、サリアは理不尽な目にあった。
同じように僕を気にかけたギーレンには、魔術師長としての任を決して解けないだけの確固たる基盤があった。
サリアには、どうしても近衛の任を解かずにおけるだけの理由がなかった。
たったそれだけの違いで、彼の未来は潰された。

「ならば、第一王女と同じく、「声」が届く範囲外だったと考えるのが妥当だろう。今回の実験では、周りの精霊すべてを引き剥がしてはいないしな」
「声が届いたのは、王都近辺の範囲内だけだったという事ですか? ならばもし、精霊たちがすべてが離れたら、もっと遠くの相手の「声」まで聞こえるようになるのでしょうか?」
「あるいは、エディアローズにとって関わりの薄い相手の「声」までが、無差別に聞こえるようになるか」
「それ、想像しただけで寒気がするよ」
どちらだったとしても、僕の精神を蝕む猛毒になる。特にヒースの言った方だったら最悪だ。
国中から始終「声」が聞こえ続けたりすれば、正気でいられる自信などない。

「どちらにしても、同じ方法でこれ以上の実験はしない。また、別の方向からの手段を考える」
「そっか」


それで実験はお開きとなった。
僕はカリクからシュシュを返してもらって、ヒースの屋敷を後にする。
僕の肩に乗って頬に擦り寄ってくる小さな友人に、僕はしたり顔で説教する。

「君はもう、藁人形から貰った怪しすぎる餌なんて、食べちゃ駄目だからね」
「キュ?」

目を見開いて、不思議そうに首を傾げる仕草が可愛らしい。
言語の通じない相手にこんな事を言い聞かせても仕方ないのだけど、それでも言わずにいられなかった。
ただ、与えられた餌が毒じゃなかっただけマシだとも思う。
それでも帰ったら、シュシュをこっそり肥満にする嫌がらせを企んでいる次兄と、きっちり話をつけないと。

他の兄弟に関しては、まあ、……心の中の「負の感情」が、すでに通常の態度にそのまま出ているような人たちばかりなので、何を言っても無駄だろう。
言ってしまえば、あまり害のないものでしかないのだし。

(本当に、僕が懸念していたよりずっと害がなくて、拍子抜けかも)

本当の意味での「悪意」を持っていたのは、多分、両親だけだった。
近しい人や、血の繋がった相手すべてを否定する必要はなかった。その事に笑ってしまう。


それが救いになるのかどうか、僕にはまだ、わからなかったけれど。



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「明日、花が咲くように」 七章 7

「あの。私が傍にいると、殿下の周りの精霊たちの数がかなり減ってしまっているのですが、そのせいで何か異変はありませんか? 体調は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。スノウ嬢とこうして話していても普段と何も変わりないから。そもそも最初に会った時からずっと何ともなかったしね。だから安心して」

せっかく気さくな友人になれたのに、これが理由で彼女から距離を置かれたりしたら、僕の方が辛い。
僕は視えないから、スノウ嬢が傍にいるだけで精霊の数が減っていたのに、ろくに気づいてもいなった。
ヒースが精霊を結界の外に弾いている実験の最中も、取り囲む気配が薄くなったのを、少し知覚できた程度だ。
だから、唐突に大きな「声」が、頭の中に響き渡ったのに驚いた。
実験中に何が起きても対処できるよう気を張っていたというのに、あんなにうろたえるなんて。僕はまだまだ未熟者だ。

「シズヴィッドの魔力性質を避けて距離を取る精霊は皆、力の弱いものばかりだ。残っている数だけでも充分、エディアローズを守るのに力が足りているのだろう。僕が今回それを更に引き剥がした事で異変が起きた。あの時点で精霊の数は、四分の一程度にまで減っていた。あの状態が、「声」を防げる限界だったと考えるべきだろう」
「そのようですね。殿下と精霊たちを引き離す実験はとても大きな危険を伴うようです。今後は行わない方が良いでしょうね」
「……確かにな。エディアローズ自身にその感覚を探らせるのが近道ではあるが、その方法ではエディアローズの精神に負担が掛かりすぎる。そんな危険は冒せない」
「でもそれじゃ、また手詰まり状態に戻るんじゃない?」

二人が研究者としての知的好奇心よりも僕の身を案じてくれるのはありがたいけど。僕としては、一刻も早く、色違いの瞳の研究を進めてほしい。
実験に多少の危険が伴っても、それが僕自身にだけ降りかかるものならば構わないのに。

「他の手段を考えればいいだけだ。言っておくがくれぐれも、軽はずみな行動はするな」
「……」
流石幼馴染みとでも言うか。ヒースは僕の考えを読んだように、きっちり釘を刺してきた。

「それで、殿下が聞いた「声」は、あれですべてだったのですか? 先程の話を聞いた限りでは、第一王女の「声」がなかったようなのですが」

ふと気づいたように、スノウ嬢が小首を傾げて遠慮がちに指摘した。直接会った事はなくとも、知識として現王家の子供の数を知っているので、どうして一人だけ抜けているのか不思議に思ったのだろう。
言われてみれば確かにその通りだ。

母親が違う兄弟が多いが、僕を含めて、グリンローザには現在9人、王の子供がいる。
だが、聞こえてきた「声」の中には、長女のグレイシア・オリゼラ殿下の声だけがなかった。

「そういえばそうだね。隣国に嫁がれたグレイシア殿下の声は聞こえなかった」
「国外は対象外という事か?」
ヒースもそこに興味を持った。

「ギーレンの声は聞こえていたんだったな」
「うん。『不憫な方だ』と」
「師は確かに、おまえの境遇を気にしていたからな」

過去の記憶を溯り、懐かしさを噛み締める。
幼い頃、色違いの瞳のせいで誰からも避けられる僕を憐れに思った宮廷魔術師長のギーレンが、僕に様々な教育を施してくれた。
そして、彼の弟子となったヒースと出会って、共に学んで時を過ごした。
ヒースとギーレンがいてくれたから、僕はあの宮廷において、完全な「孤独」に、絶望せずにいられたのだ。


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「明日、花が咲くように」 七章 6

「大丈夫。けど、もう少しだけ考えさせて」

僕がそう言うと、ヒースは先程実験の為に張った結界を取り払い、スノウ嬢は新しくお茶とお茶菓子を用意してきてくれた。
今感じたものを話すのに、心の準備がほしかった。
彼らはこの瞳の真実を探る為の協力者であり、得難い友人であり、冷静な思考の持ち主たちだ。
だから実験で得られた今の「感覚」をありのままに話しても、僕を避けたり嫌悪したりはしないだろう。
それでも、話すのに躊躇した。
こちらに向けた負の感情を読み取る存在なんて、避けたいと思うのは当然だから。

(だけど、彼らなら、大丈夫)
そうやって、自分の中で今起きた事を話す覚悟を決める。


「多分、色違いの瞳が不吉と言われる、原因の一端に触れたんだと、思う」

僕には、この瞳に纏わる伝承が、今起きたあの感覚に起因しているという確信があった。
迷信なら良かったのに。伝えられてきた伝承が真実の可能性が高いと、今の出来事で、身をもって思い知ってしまった。

僕が感じたものを、できる限り感じたままに再現するように話してゆく。
口にしづらい内容だったけれど、実験で得られた「成果」を何も言わずに、自分の裡だけに留めておく訳にはいかない。


「思ったよりはずっと、向けられてきた感情がまともだったのが救いだけど」

ただ「不吉だ」と避けられていたとばかり思っていた長兄が、昔僕を苛めたのを気にして、接し方に困って、戸惑っているのを知れた。
シュシュが最近肥満気味になっていた原因が、親兄弟に嫌がらせするのが大好きな、二番目の兄の仕業だとわかった。
いつも怯えてばかりの弟が、「僕に」ではなく「彼の母親に」怯えて、こちらに近づいてこないのだと知れた。

他の兄弟は……まあ、普段の行動から予測できる範囲内だった。
ある意味では笑える。
彼らは常に裏表のない態度で、僕に接してくれていた訳だ。


「ヒースやスノウ嬢の声も聞こえたよ」

『こいつは人をからかって遊ぶ腹黒だ』『精霊に慕われて羨ましい』
ヒースをからかう事に楽しみを見いだしている僕を理解している、ヒースの心情。
精霊に避けられてしまうスノウ嬢の、悪意のない小さな妬み。

「では、私の身勝手な妬みが、殿下にそんな辛い思いをさせてしまったのですね」
「おい、泣くな!」

スノウ嬢が切なそうに顔を歪めたのを見て、僕よりもヒースが先に過剰反応した。女嫌いの彼は、女性に泣かれると条件反射で苛立ちを感じるらしい。
もっともスノウ嬢はヒースに言われるまでもなく、初めから泣いていなかった。ただ、自身の不甲斐なさを責めつつ、それを必死に表に出さないようにしているのが見て取れた。

(そんな顔、しなくていいのに)
彼女が精霊に取り囲まれる僕を羨ましいと感じるのは当然で。けれど、こちらを逆恨みするような悪意がないのは、ちゃんと理解している。
彼女がそれを僕にぶつけるような人じゃないのはわかっているから。そんな顔、しなくていいんだ。

「スノウ嬢やヒースの「声」は、全然嫌なものじゃなかったよ」
彼女を安心させようと微笑む。言葉は本心からのものだ。
負の感情だけを読み取ったはずなのに、それでも決して彼らのそれは、僕の心に突き刺さるような、棘のあるものではなかった。

「当たり前だ。僕はおまえに悪意など抱いていなからな」
「腹黒だとは思われてるみたいだけど?」
「それは単なる事実だろう」
居丈高に腕を組むヒースの、これまでと変わらない態度が嬉しい。




『おぞましい』

『忌み子が我に触れるでない』


…………そう。

実の両親であるあの人たちから向けられた、本物の嫌悪に比べれば。
他の皆の「声」は、なんて無邪気で害意がなく、優しかった事か。



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