スノウ嬢がシュシュを預けに行った間に、ヒースが実験の手順を説明する。
僕の周囲に一つ目の結界を。そして、そのすぐ傍に二つ目の結界を。最後に、屋敷の中庭に三つ目の結界を張ると。
一つ目の結界は僕と精霊を離す為のもので、二つ目の結界は、何かあった場合にすぐ対応できるよう、スノウ嬢が待機する為の結界。
三つ目の結界は、僕から離されて気が立った精霊が、仮に何かをしでかした場合に、他に被害がいかないようにする為に中庭に張る結界だと、ヒースが説明する。
僕に何かあった場合に備えて、ヒースは僕と共に一つ目の結界の内側に。
スノウ嬢は僕らの結界の外側で、一人だけ別の結界に入り、結界を個別に破る為の「結界破りの魔石」を持って待機するそうだ。
「シズヴィッドがいるだけで、力の弱い精霊たちは距離を取る。だが、力の強い精霊はおまえの傍にい続ける。それを徐々に減らしていって、様子を見る手筈だ。
精霊を一度にすべて引き剥がすつもりはない。何が起きるかわからんからな」
「スノウ嬢が精霊から避けられているのは聞いたけれど、傍にいるだけでどれくらい数が減っているの?」
「あれが傍にいるだけで半数近くは減っている。と言っても消滅した訳ではなく、少し離れた場所からおまえを見守っているがな」
(そんなに一気に減っていたんだ)
予想以上の数に、僕は内心で驚く。
スノウ嬢は頑張って魔術師を目指しているのに、精霊魔術の要である精霊に避けられやすいなんて、とても気の毒な体質だ。
ヒースが何か、彼女が精霊に避けられない為の良い方法を考え付いてくれればいいのだけど。
「何かあった場合は即座に中止する。精霊は弾かれてもこの中庭の結界内に留まるから、中止すればすぐに戻ってこれる」
「わかった。誰にも危険が及ばないように気を付けて」
「おまえも心構えだけはしておけ。精霊が引き剥がされる事で、おまえ自身にも何らかの影響が出るかもしれんからな」
「わかってる」
スノウ嬢が戻ってきて、いよいよ実験が開始される事になった。
結界を張ってそれを維持し、精霊を徐々に弾いていくのはヒースの仕事だ。
僕は椅子に座ったまま、何かあればすぐ動けるように心構えだけはしておく。
スノウ嬢は五メートル程離れた場所に佇んでいる。ヒースから渡された魔石を手に、ナックルとかの武器を万全に装備して待機している。
(……武器、必要なのかな)
僕も武人だから常に帯剣しているが、この実験でスノウ嬢があの拳を振るうような事態にならなければいいな、と密かに思った。
本職軍人の僕が負けるとは思いたくないが、あの素早さには苦戦しそうだ。
僕とヒースは、魔術なしならば互角の腕だけど、ヒースは本職が魔術師だ。魔術を使われれば敵わない。
スノウ嬢と戦うとどうなるだろう。
(どちらにしても、僕はもっと剣の腕を磨かないと)
『僕の偉大さに跪くがいいわ! 愚かなる親兄弟ども!』(う、わ!?)
ふいに弟の声が、大音響で響き渡った。
あまりにも唐突に脳を揺さぶられ、その感覚に眩暈がする。
バランスを失って椅子から転がり落ちないように、咄嗟にテーブルを手で掴んだ。
「どうした! エディアローズ!」
「殿下!?」
こちらの異変に気づいたヒースとスノウ嬢の、緊迫した声が聞こえる。
これは、耳を通して聞こえた肉声だ。
だが先程の声は、脳裏に直接響く、念話のたぐいのものだったようだ。
怪訝そうな顔でこちらを窺うヒースやスノウ嬢には、あの大声が聞こえていなかったらしく、突然の僕の変化に驚いている。
「シズヴィッド! 結界を破れ!」
「はい!!」
僕の異変を察して、ヒースが僕の背に触れながら怒鳴った。離れた場所にいたスノウ嬢が素早く、結界を破る「魔石」を使う。
実験中止の決断が素早いと、僕は妙なところで感心してしまった。
『死なない程度に継承権剥奪……』『昔苛めて返り討ちにあったトラウマで、未だにどう接していいのかわからん~っ』『藁人形でこっそり餌を与えてリスを肥満にさせよう。嫌がらせこそは私の生き甲斐……』『わたくしの方がそなたより美しいぞ』『女顔』『お母様が怒るから、あのお兄様に近づくの怖いよう』『こいつは人をからかって遊ぶ腹黒だ』『精霊に慕われて羨ましい』『不憫な方でいらっしゃるのう』次から次へととどめなく溢れてくる、たくさんの「声」の塊に、意識が持っていかれそうになる。
額や背中に冷や汗が流れた。……気持ち、悪い。
『おぞましい』『忌み子が我に触れるでない』その「声」が頭に響いた瞬間、僕は本気で吐き気がした。
それは、知っている人の「声」だった。
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