近隣諸国の情勢とか、人気のある王子さまとか。一通り、聞きたい情報を教えてもらった。
岩爺はこの森の魔物の主だから、森に来る渡り鳥の魔物などから情報を仕入れたりして、とても物知りなんだって。
わたしの目的を聞いて、面白そうにカラカラと笑って、色んな噂話を教えてくれた。
その後で、岩爺が別の話を切り出した。
「ところで嬢ちゃん、余裕があるなら、ワシの頼みごとを一つ聞いてくれんか」
「頼みごと?」
顔見知りのアズにではなく、わたしに頼むのは、わたしが主体になって人間界にやってきたからね、きっと。
この面子の中ではっきりとした旅の目的があるのは、わたしだけなんだもの。
「そうじゃ、この森には流れの猟師がいたんじゃが、そいつがしばらく前に死んでしまって、その幼い娘が、一人で小屋に残されておるんじゃわい。その娘を連れていってくれんか?」
「まあっ、たった一人で?」
意外な頼まれごとにびっくりする。
魔物って、大抵は人間と敵対してたりして、仲が悪いイメージだったのだけど、この岩爺は違うのかしら。
(それに、親が死んで一人で残されたなんて、まるでわたしみたい。他人事とは思えないわ)
話を聞いただけで、俄然、その娘さんが気になってくる。
「急ぎの旅じゃないですから大丈夫です。その子をどこに連れていけば良いですか?」
わたしが意気込んで頷くと、岩爺が嬉しそうにほっほと笑う。
「そりゃ~ありがたいわい。まあず、一番近い村は駄目じゃな。余所者じゃって、猟師が死んだ後もだ~れも娘を引き取らんかったでな。じゃから、どっかの街の孤児院にでも連れてってくれると嬉しいんじゃがの」
「わかりました」
一番近い村はダメと、わたしは脳内で反芻する。
森に一人きりで残された子供を放っておくなんて、なんて薄情な村なのかしら。
そりゃ、貧しい村では、余計な食い扶持を増やす余裕なんてないのかもしれないけど。
でも、放っておけば確実に死んでしまうとわかっていて放っておくなんて、やっぱりひどいわ。
「岩爺が人間なんか気にするなんて珍しいね」
アズがまたたきして小首を傾げた。
そういうって事は、普段は岩爺も、人にやさしい魔物じゃないのかもしれない。
「猟師は余所者じゃったが、村のモンよりよっぽど森に対する礼儀がなっとってな。それに、その娘はまだ幼いんじゃが、殆ど目が見えんのじゃわい。このまま森に一人でおれば、遠からず獣にでも襲われて死んでしまうからのう。
ワシは元来、人間などどうでも良いのじゃが、ちいっとばかし不憫に思えての~」
気まぐれでも、ちょっとばかしでも、気にかけてくれる相手がいて良かった。
「その子のいる場所を教えてください。きっと、面倒を見てくれる孤児院まで連れていきます」
人間界について早々、目的とはまったく別の用事ができたけれど、これも何かの縁だもの。わたしが責任もって、その子をちゃんとした孤児院まで送り届けよう。
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