結局、「鞭は扱いが難しいから、ユエには無理だよ」と黒い鞭をアズに取り上げられて、わたしは懐剣だけを持った。
他の物はまとめてウリの体内異空間にしまってもらう。これでようやく身軽になる。
それからアズが、まずはここの森の主である魔物から情報をもらおうと言ったから、わたしたちはその大きな岩の前までやってきた。
わたしとウリだけでは、魔界でも人間界でもわからない事だらけで、意気込んで飛び出してきたけど、この後どうすればいいのか、具体的な計画はなかった。
だから、見た目が幼児でも年長者のアズが一緒にきてくれたのは良かったかもしれない。これからどう行動すればいいのか、不安にならなくて済むもの。
森の主はとても巨大な石の塊のような魔物だった。動きも喋りもしなければ、ただの巨大な岩石にしか見えない。苔も生えてるし。アズがいなければすぐ側を通っても、きっと魔物なんて気づかなかった。
だから割れ目だと思ってた部分がぱっちり明いて、ぎょろりとした大きな目で見られた時はとってもびっくりした。
「ほっほ~、アズ坊か。こりゃ~懐かしいわい」
やっぱり割れ目だと思ってた部分が口だったらしく、低くしゃがれた声で喋る。アズは気さくに挨拶する。
「やあ、百年ぶりかな、岩爺」
「八十九年ぶりじゃ、まだ百年経っておらんわい」
(は、はちじゅうきゅうねん……)
わたしは兄がどれだけ生きているのか知らないが、今の会話では、少なくとも百歳は越えてる模様。わたしと接している時のアズは、子供がちょっと背伸びしているみたいなイメージで、わりと普通な気がしてたけど、やっぱり中身は普通じゃないのね。
「そっちのチビたちは、おまえさんの身内か?」
「妹のユーエリシェンと、妹の従者のウーリィだよ。可愛いでしょ」
「は、はじめまして。ユエです」
「こんにちわ、ウリなのです~」
わたしとウリはぺこりと頭を下げる。
森の主っていうくらいだから、きっと偉い魔物だわ。ちょっと緊張する。
「お~、アズ坊が珍しく気に入っとるようじゃの」
「面白いものは嫌いじゃないからね。毛色が違ってて楽しいよ」
「ええっ、にいさま、その言い方はひどいわ!」
「ぼく、青いうろこなんです~!」
わたしはアズに抗議して、ウリは喜んで答えた。
ウリは精神的に幼すぎて、アズの皮肉が通じない。でも、そこは喜ぶところじゃないの!
「もうっ」
「ユエ、にいさまじゃなくて、アズって呼ぶって言ってたじゃないか」
「う、そうだったわ。でもアズ、毛色が違うなんて、動物みたいな言い方はやめて」
「はいはい、ユエはわがままなんだから」
わたしが頬を膨らませても、アズはちっとも堪えない。むしろわたしが怒るのを楽しんでいるような気がする。
「ほっほ~、素直な嬢ちゃんじゃわい」
岩爺はわたしたちのやり取りを眺めて、面白そうに笑った。
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