精獣は以前にも見た。前の師匠たちが召喚したのを間近で見た事がある。
けれど目の前の存在は、それらよりも遥かに高位なのではないだろうかと、不安とともに思う。
(師匠が言葉に気を遣わなければならない程の、とんでもない大物だとしたら?)
「私は、金緑石の賢者の呼び名を持つ魔術師。そしてこれは、私の弟子。何故この見習いを、こちら側に招くような真似を?」
師匠の言葉は硬質で、牽制の面があるような気がした。
「ほう、親鳥は称号持ちかや。妾は鳥の王の娘じゃ。そこな雛を呼び寄せたのは、ちと、訊きたい事があったからでの」
(鳥の王の娘!?)
案の定、高位の精獣であるらしいその相手は、喉の奥でくつくつと、面白そうに笑う。
(賢者? 称号?)
私は一人、会話の内容がわからずに戸惑う。
私は師匠が国一番の魔術師と呼ばれているのは知っていても、賢者と称されているなんて知らなかった。
そもそも、賢者とは一体どんな立場を示すのかも、私にはわからない。だが、私の知らないそれを、彼女は知っているようなのだ。
「師匠……?」
口を挟んで良いものか迷いながら、小声で訊ねる。師匠は私に視線だけを寄越し、「協会本部での呼称だ。詳しくは後で説明する」と、端的とはいえ答えをくれた。
「雛は未だ、魔術師たるものの真意を知らぬようじゃの。雛に魔力を注ぎ込んで調整しておるのは、あまりにも未熟故に呼吸すら儘ならぬからか。
……どれ、一つ手助けをしてやろうぞ。妾としても、話もできぬ内に死なれるのは本意ではないのでな」
揶揄する言葉に続き、彼女が一声、鳥類特有の甲高い声で鳴いた。その直後、周囲が不意に、柔らかい何かで覆われるような感覚がする。
師匠がゆっくりと、私の背から手を離す。けれど息が苦しくない。普通に呼吸ができる。
つまり先程の鳴き声は、私たちの周囲に結界を張る為のものだったのだろう。それでも師匠は私との距離を取らなかったので、彼が警戒を解いていないのがわかる。
「結界については感謝いたします、鳥の姫。それで、これに訊ねたい事とは?」
師匠が慎重に本題に入る。話し合いで穏便に片付くならその方がいいと考えているのがわかった。
つまりそれだけ、敵に回したくない相手なのだ。
鳥の王の娘……、鳥の姫。数いる精獣の中でも、「王」と呼ばれる存在はそう多くないはず。その娘というなら、彼女の実力もおそらくは、並の精獣の比ではないのだ。
「近頃この始まりの森にて、不穏な影があっての。この垓界に住まう同胞らがそちらの惺界へ連れていかれたきり、帰ってこぬのだ。
魔術師との契約によって呼び出される者らは、本来ならば役目を果たせば戻ってくるというのに、数多の同胞が呼ばれたきり一度も戻ってきておらぬ。
――――これは異常な事態じゃ。もはや、契約の域を越えておる」
幼さを残す声に怒りを滲ませて語る鳥の姫は、こちらを面白がるような気配を消して、厳しい眼差しで私を見据えた。
その眼差しの鋭さに、体の芯が痺れるような感覚がする。
けれど私は、それに納得がいかなくて叫んだ。
「そんな! 姫はまさか、私を疑っておられるのですか!?」
私はこの姫に感じる恐れより、疑われた悔しさが先に立って、思わず一歩前に出ていた。
(精獣が戻らない。契約の越権。異常事態)
頭の中は、今聞いた話の重さにこれ以上なく動揺していたけれど、何故その件で私が疑われなければなければならないのか。その疑問が勝った。
「私はまだ召喚術を一度も成功していない、未熟な見習いです。精獣を捕らえたりなんてできません!」
「ぬ? それはまことか?」
「嘘偽りない事実ですとも!」
私の必死の主張に、姫は真紅の双眸をまたたかせて私を見つめた。
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