翌日、僕がグリンローザ支部から道を使って本部に赴いた時には、既に支部長から粗方の事情は伝わっており、対策本部が設置され、魔術師の緊急招集の手配に入っていた。
僕は今回の事の詳細を報告した後、自らも調査に参加すべく、情報の洗い出しの為に、資料室の一室に篭った。
「アライアス、随分と大掛かりに動いているようだが?」
「フロイト殿」
一人の幹部が、小さく丸い鼻眼鏡を押し上げて、僕を見上げて話しかけてきた。
――――ステファン・フロイト。
彼は、魔術師協会の最高幹部の一人である。
身長は僕の膝丈程度しかない幼児のような見た目をしているが、彼はポロックル族という小人族なので、これでも成人している。
ポロックル族は人の倍の寿命を持ち、幼児から老人まであまり見た目が変わらない種族だ。
潜在的な魔力も強く、多くの有名な魔術師を排出してきた種で、フロイトも現在、「瑪瑙の参議」という、極めて重要な立場にある。
魔術師協会は、八人の長老と六人の参議を合わせた十四人を「最高幹部」と定めており、協会本部は彼らの手によって運営されている。
魔力が溜まる土地に建てられた八つの「理力の塔」を管理するのが長老であり、険しい山脈の中腹にある協会総本部、「水晶宮」を管理するのが参議の仕事だ。
僕のように、「賢者」の称号を持つ者は、最高位の力を持つと認められた者で、協会が「これだけの戦力を有している」と他者に示す、わかりやすい権威の象徴でもある。
当然賢者にもそれなりの権限はあるが、立場的には最高幹部に従わなければならないのは変わりない。
「君、協会内部に裏切り者や内通者がいるとは、考えてないのかね?」
「随分と物騒な発言をされる。最高幹部の身でありながら、フロイト殿は身内を信じておられないので?」
僕は眉を顰めて、不穏な発言をする幹部を見据える。
これから協会が一丸となって敵を洗い出すという時に、外敵ではなく内敵の存在を仄めかすとは。
まるで、内部に裏切り者がいるのを前提にしたような話し振りは問題だ。最高幹部がこのような発言をしているのを聞かれれば、協会全体の結束を揺るがしかねない。
(確たる証拠があるならともかく、憶測の段階で口にすべきものではないだろう)
僕が眉を顰めたのを面白そうに眺めて、フロイトは嫌な含み笑いを洩らした。
「くっくっく。不穏な種というのは、えてして足下にこそ燻っているものなのだよ。ここまで事を公にしてしまっては、よからぬ考えを持つ輩が出るやもしれない。精々、足を引っ張られないようにする事だね」
「ご心配なく。目先のものに惑わされ、魔術師の本分を忘れた輩に容赦するつもりはありません」
「では、金緑石の賢者のお手並み、とくと拝見させてもらおうか」
フロイトは幼児のような柔らかな頬に、まるで似合わない悪辣な笑みを浮かべる。僕はそれに、内心で苛立ちを覚える。
(まったく、僕のやり方を傍観している場合か!?)
今回の件が、魔術師全体にとって極めて重要であるとわかっていないはずがないのに、傍観の構えを見せる幹部を、僕は無言で睨んだ。
「若いな、アライアス。そう怒るな。こういう大掛かりな調べ物は、まずは若者に任せ、年寄りはしばし遅れて参戦するくらいでちょうど良いのだよ。とりあえず君には、「裁きの手」を一組つけるから、調査に同行させてくれたまえ」
「裁きの手を?」
その申し出に、僕は思わず聞き返していた。
「執行人」は長老直属の部隊を、「断罪者」は参議直属の部隊を指す。
彼らは常に「執行人と断罪者」という組み合わせで世界各地に散らばり、罪を犯した魔術師や、資格を持たずに力を乱用する堕術師の監視や断罪を行う。……それらを総称して「裁きの手」と呼ぶのだ。
彼らは最高幹部より独自の権限を与えられており、場合によっては、現場で罪人を殺す権限も持っている。確かに今回の件が魔術師によって行われているものならば、彼らが仕事に携わるのは不思議ではないが……。
幹部直属部隊をわざわざこの僕につける意図は、本当に調査だけが目的か?
「つまり、この私の監視ですか」
「おや、アライアスは随分と捻くれた思考回路をしている。ただの親切心とは受け取ってくれないのかね?」
「先程の話の直後にその申し出では、そう受け取れと言っているようなものでは?」
「ボクはこれでも、君の事を信頼しているのだがね? 君の生真面目さは、よく知っているつもりだからね。……だがまあ、ボク以外の幹部の意向は知らないが」
二時間後には彼らをこの部屋に寄越させると言い置いて、フロイトは飄々とした様子で去って行った。
(敵が、どこにいるのか
――――、か)
先程までは外敵にばかり目を向けていたが、案外、内敵の方が厄介かもしれない。最高幹部の油断ならない物言いに、僕は深い溜息をついた。
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