かつて、精獣たちの王……鳥の王、獣の王、魚の王、蛇の王といった、精獣を統べるそれぞれの王が、魔術師協会と「いにしえの盟約」を交わした。
世界と世界の均衡を保つ役割を共に果たしていくと定めたその盟約が、現在の召喚術の基盤となっている。
その盟約があるからこそ、精獣はこちらの世界へ、魔術師と主従契約を交わし、使役という名目の「出稼ぎ」に来る事を了承しているのだ。
契約の際こそ、相手に己の力量を示す為に、多少強引に力技で契約を交わすのが主流となっているが、魔術師は己の使役する精獣を、決して使い捨ての駒として扱ってはならない。戦友として敬意を払うのが原則だ。
精獣を召喚して使役している最中に精獣に注ぐ魔力を報酬に、魔術師は彼らを雇っていると例えてもいい。
精獣にだって命があり意志がある。それを無理に捻じ曲げて己の都合を押し付けてはならないというのが、魔術師となる者が学ばねばならない基本の精神なのである。
「召喚されたまま戻ってこない精獣が、どうなっているのか気掛かりだな」
「生きていてくれるのを祈るばかりだ」
「そうだな」
就寝前に、ガレットと会話を交わす。
行方不明になっている精獣の中には、彼の身内や知り合いも含まれているかもしれない。彼にとっては決して他人事ではない。
精獣にとっても魔術師にとっても、行方の知れない精獣たちが今どうなっているのかは、最大の気掛かりだ。
もし同胞が惨い仕打ちを受けていれば、精獣たちは今後、魔術師と契約するのを嫌がって、契約の際に従来よりも激しい抵抗をするようになるだろう。
あるいは既に契約している精獣も、契約の解除を求めて暴れる事態になるかもしれない。
道を踏み外した者がいるなら、それを止めるのもまた、同じ魔術師の役割だ。
裁きの手の者はその役割のみに特化しているが、彼らに限らず、協会に所属するすべての魔術師には、堕ちた者を止める義務がある。
魔術の均衡を保つ為にも、戦友との信頼を保つ為にも。
そして、純粋な気持ちで魔術師を目指す、シズヴィッドのような見習いの未来の為にも。
「……そういえば、シズヴィッドの修行の方はどうだ? 危険な兆候はないか?」
「う」
「う、とは何だ? 何かあるのなら報告しろ」
挙動不審に羽を無意味に動かすガレットを、きつく睨みつける。
シズヴィッドには、ガレットの姉である三羽烏の長女シュレットをつけてある。シュレットには、何かあればすぐにガレットを通して僕に報告するよう、何度も言い含めておいた。
鳥の姫の約束を信用しない訳ではないが、あちらは元より、見習いには危険すぎる世界なのだ。どんな些細な事でも報告するように言ってあったのに、こちらに隠している事があると言わんばかりの態度は許し難い。
今更だが、精獣だけしか連絡手段を用意できなかった自分の失態が悔やまれる。
遠見鏡のような、魔術師同士が連絡を取り合う手段は、界と界を隔てては使えないとはいえ……そもそも、シズヴィッドでは遠見鏡が使いこなせないとはいえ。もう少しあちらの様子を探る、確実な手段を確保しておくべきだった。
「スノウちゃんは元気だから! むしろ元気すぎて、修行だけじゃなく、始まりの森の精獣たちから、行方不明の精獣の手掛かりを聞いて回ってるくらい、元気すぎて手に追えないくらい元気だし!」
「、はあっ!?」
(精獣から、直接話を聞いて回っている!?)
あまりにも予想外の事を言わた。
ガレットは僕に黙っていた事が後ろめたいらしく、目をあちこち彷徨わせ、人に例えるなら、冷や汗を流して焦っているというような雰囲気だ。
それでもこれだけはとばかりに、シズヴィッドが元気でやっている事を強調する。そこだけは間違いないと。
「一体どういう事だ?」
「や、修行はしてるんだけど、修行しながら平行して調査もできないかって、スノウちゃん本人が言い出したんだってば。シュレットがいくら危ないからって止めても、ここにいるからこそできる事があるはずだって言って聞かないんだってさ。鳥の姫も、スノウちゃんに説得されて、身は守るから話を聞いてみればよいって言い出すし!」
「…………、あいつは」
咄嗟に何と言っていいのかわからず、僕は片手で顔を覆った。
(どうしてこうも、予想の斜め上をかっとぶような行動ばかりするんだ? あれは)
折角、幸運にも、常ではできない修行の機会が与えられたのだから、それだけに集中すればいいだろうに。どうしてあいつは、自分の事だけで満足しないのか。
未だ見習いの身でありながら、もっとも危険な役を進んでやろうとするのか。
(本当は誰よりも、自分の修行に打ち込みたいのだろうに)
修行があまり捗らず、シズヴィッドの内心に、押し殺そうとしても消せない焦りがあったのに、僕は気づいていた。
そもそもペレの紹介状によれば、シズヴィッドが独学で魔術を学び始めたのは、僅か4歳の頃とあった。
13歳で弟子として魔術師に師事してからの期間を考えても、既に三年以上が経っている。そこまで長期間、魔術に全力で打ち込んできながらろくに芽が出なければ、焦燥が募るのも当然だ。これまで諦めずに努力してきたその根性には敬服させられる。
(それがようやく、チャンスが巡って来たというのに)
この事件を放っておけないと、自分だけ修行にばかり打ち込んではいられないと、できる事を探して、危険を承知で動き出しているというのか。
「…………あの、馬鹿が」
不安と心配が増したような、それでも師として誇らしいような、非常に複雑な気持ちで、僕は固く目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶ弟子は、まっすぐな眼差しで臆せずに僕に向かって笑ってみせて、「師匠、頑張りましょうね!」と、握りこぶしで力説していた。
あまりにも容易くそんな想像ができてしまう己に、小さく笑った。
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