四章 『不吉王子』初回は弟子の実力を測る為にあえて素手で戦ったが、あれ以降、シズヴィッドに戦闘の訓練をつける時、僕は愛用の特殊金属製の杖を使うようになった。
そちらが僕の本来の戦闘スタイルだからだ。
最初に戦った時、僕が勝ったとはいえ、正直言えばヒヤッとする場面もあった。
すばしっこく動き、鋭い攻撃を放ってくる相手に、ひどく体力を削られた。
疾風のペレの弟子だっただけあると感心したが、取ったばかりの弟子に易々と負けるようでは、師匠の沽券に関わる。
そうして僕は、手加減も油断もやめた。
だが、僕が訓練に杖を用いるようになると、相手もまた、武器を一段と凶悪なものに替えてきた。
ブーツのつま先からは蹴った時に刃物が伸びるようになり、ナックルは棘つきの、より攻撃性の高いものになった。
肘にも膝にも、仕込み武器を装備している。(どれも前の師匠から譲られたものらしい)
こいつは魔術師ではなく、暗殺か格闘のプロにでもなりたいのだろうか。
(というか、ただの訓練でそれはないだろう。僕を殺す気か)
色々と突っ込みたい事はあったが、天才の僕が女との戦いに臆していると取られるのも業腹で、結局は、実戦さながらの訓練に付き合ってやっている。
まあ、最近は研究で部屋に篭ってばかりいたから、身体を動かすには丁度良い。……とでも思わなければやっていられない。
シズヴィッドを弟子としてから一月近くが経ち、僕は自身の研究の合間を縫って、こいつの魔術の修行も見るようになっていた。
だが武術と違って、そちらはまるで捗々しくない。
前の師匠達が揃って梃子摺っただけあって、今のところ、上達方法がまるで見当たらないのだ。
変質の魔力性質を苦手とする精霊たちがこいつに近づくのを嫌がるから、ろくに教えられる魔術がない。
魔術師が扱う魔術の殆どは、精霊を行使し、力を貸してもらう、「精霊魔術」が大半を占めるのだ。
精霊に嫌われる者は、どれだけ膨大な魔力があっても魔術師になるのは不可能とされる程に、精霊の存在と、その力に依存している。
シズヴィッドは精霊に嫌われてこそいないが、その資質ゆえに、あからさまに苦手とされて、徹底的に避けられている。
そんな相手にどう魔術を仕込めばいいのか、天才の僕でさえ、頭を悩ませている。
「今日はこれまで!」
「はい! ありがとうございました!」
相変わらずビシッとした敬礼だ。これも前の師匠仕込みか。毎回これをやられると、自分が軍隊の上官にでもなったかのような錯覚がするのだが。
と、そこで、前触れのない拍手と共に、屋敷の影から声を掛けられた。
「すごいね、見事な戦いだった」
「ひっ!?」
「……エディアローズか」
振り向いたシズヴィッドが驚きに目を見開いて硬直した。
僕はそこにある物体に目をやって、溜息をつく。
視線の先には、種類を問わず大量の精霊が、やたら、うじゃうじゃといた。それはもう、鬱陶しいような勢いで。
精霊を「視る」眼を持つ者には、その中心にいるはずの人物が、精霊たちが邪魔になって見えないくらいに溢れかえっている。
しかもそれは一時の話ではなく、始終、一人の人間の周囲に群がっているのだ。
普段精霊に避けられているシズヴィッドは、こんな大量の精霊を間近で見る機会がなかったのだろう。
呆然と固まったまま、口を開いてその光景に見入っている。
……変質の魔力を持つシズヴィッドがこんなに近くにいてさえも、エディアローズの周りの精霊は、この男から執拗に離れようとしないのか。
僕も改めて、この事象の異常さを再認識した。
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