「何だ!? その格好は!?」
出勤してきたシズヴィッドの格好を見て、僕は目を見開いて驚愕し、その直後に容赦なく怒鳴っていた。
反射的に鳥肌が立ったのに、後で気づく。
「そこまで驚愕しなくてもいいのでは。……母が縫ってくれたドレスです」
僕の怒声に眉を顰めて、シズヴィッドは自分の格好を見下ろした。
シズヴィッドはいつもの男装まがいの格好ではなく、淡いワインレッドのドレス姿をしていた。
大きめの白い襟に刺繍やレースがあしらわれたデザイン。腰に巻いたリボンは一段濃い色で、ウエストを引き締めるアクセントになっている。胸元には淡いピンクの薔薇を模ったコサージュ。
冷静になってみれば、こういった服装こそが女性本来の姿であり、これまでの方がおかしかったのだとわかる。
だが、僕は拒絶反応が先に来た。
渋々とはいえ自分の意志で女の弟子を取ると認めたはずだったのに、こいつが女らしくない格好をしているのを良い事に、いつのまにか宣言された通り、「女と思わずにいた」のだ。それに今更気づかされた。
(そんな情けない逃避をしていたのか、僕は)
『ヒース』
母の声が脳内に蘇る。
――――吐き気がした。
「師匠!?」
「触るな!」
額に脂汗を滲ませて口元を手で覆った僕の様子で、シズヴィッドも異常を知った。
咄嗟に伸ばされた手を、鋭い声で制止する。伸ばされかけた手が途中で止まり、慌てて引っ込められる。
僕は、自分の女嫌いの原因を、ずっと、女に言い寄られる鬱陶しさに嫌気が差したからだと思っていた。
けれど、女の格好をしたシズヴィッドを見て、真っ先に頭に浮かんだのは、母の姿だった。
思い出したくなくて、意図的に忘れていたのか。
自分の精神の弱さに反吐が出る。
「気に喰わないのならば、すぐに着替えてきます」
拒絶されてからしばらく、こちらの様子をただ黙って見つめていたシズヴィッドが、静かな声音で切り出してくる。
青い瞳はどこまでも冷静で、その目に映る僕の、困惑に揺れる表情が滑稽だった。
「女嫌いの貴方の弟子にしてもらう為に、女と思わずに結構ですと言ったのは私です。こういった格好が嫌なのでしたら、遠慮なくそう言ってください」
淡々と、感情を交えずに語る。
おそらくシズヴィッドは、ここで僕の弟子を辞めさせられぬ為にはどうすれば良いのか、必死に考えている。
こいつは根性だけでなく、打算的なしたたかさも持ち合わせている。
人の腹を勘繰って、許容以上に怒らせるような真似をしないよう、常に距離を保っている。
その結果、今の僕を観察して、弟子を破門されないように先手を打ってきた。
魔術師になりたいという希望を潰されないように。
その為には女らしさなど不要と、言外に僕に訴えてきていた。
「……別、に」
いくら何でも、服装にまで気を遣われる必要はない。
そう否定しようとして、喉が擦れ、声が途絶えた。
実際僕は今、その女らしい格好に、激しい抵抗を感じてしまっているのだ。まだ、胸がムカムカと気持ち悪い。
そしてそんな心理状態を、こいつは的確に読んでくる。
「無理をされなくて良いです。このお屋敷のメイドさんが可愛らしいメイド服だったので、師匠が女性の服装に抵抗がある可能性を考えていませんでしたが、それは使用人だからこそなのですね。……私の浅慮でした」
瞼が伏せられると、睫毛が意外と長いのに気づかされる。
そういう「女らしさ」を、僕は否応なしに嫌悪する。してしまう。
エディアローズのように端整な女顔であっても、中身が男なら抵抗はないのに。
ここにいるのは正真正銘の女なのだと、今更、遅すぎる認識をして、僕はどうしようもない吐き気と自己嫌悪に襲われた。
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