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オリジナル創作ブログです。ジャンルは異世界ファンタジー中心。 放置中で済みません。HNを筧ゆのからAlikaへと変更しました。
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「明日、花が咲くように」 九章 4

フカフカの毛足の長いカーペットが敷かれた家具が少ない部屋で、師匠は壁を歩くという離れ業を実践してみせてくれた。
どんなに高い塀も、こうして壁そのものを歩ければ、何の障害にもならないだろう。
壁を垂直に歩く人間という光景を前に、私は珍妙な気分に陥る。

「なんと言うか……、密偵向きな能力ですね」
「極めればな」

私に訓練を開始させる前に、師匠は、まずは自分で訓練したのではないだろうか。元からこういう技を使えたのなら、多分もっと早くに教えてくれただろうし。
私に扱える技を考えて磁気に行き着いて。それから訓練したにしては、師匠はすんなりそれを使いこなしているのだけど……そこは流石に、自他ともに認める天才魔術師だけはあるという事か。

「壁や天井……自分の定めた地点に、必要な分だけ魔力で磁気を流す。吸着させたい時には必要な分を含ませて、離れたい時には流れを解除する」

壁から天井まで二本足で悠々と歩いてみせて、師匠が天井から逆さに立ってみせる。

足に磁気を帯びさせ、自分の立つ足場にも一時的に磁気を帯びさせる。そうして異極間で引き寄せあう性質を利用して、吸着させているのだという。
言葉で説明するのもややこしいけれど、それを実際にこなすとなればもっと難易度が高いはず。師匠はいともたやすく実践してみせているけれど、絶対に、習得するのは難しそうだ。

「同極間では退け合う力を利用すれば、高く跳ね上がったりもできる」

師匠の足がぱっと天井から離れたと思ったら、すぐに空中で体勢を立て直した。そのまま床に降り立つのかと思えば、まるで強いスプリングのベッドにでも乗ったみたいに、けれど床に足がつかぬ間に空中で弾かれて、また高い天井まで一気に戻ってみせた。
その一連の動作は優美で、まるで体勢を崩さずに行われた。
この人はどうして魔術師のくせにこんなに体を鍛えているんだろうと、人の事は言えないけれど思ってしまう。私は未だ、戦闘訓練で一度も彼に勝てていない。

「まずは磁気を体に纏わせる訓練をしろ。それを掴んだら、次は、まずは四肢を使って壁に張り付く訓練だな。いきなり足だけで壁に立つのは無理だろう」
「……もしかして、師匠もそれをやったんですか?」

四肢を使って壁に張り付くなんて、カエルみたいで見た目情けない。
私は実用的でさえあれば見た目にはこだわらないけれど、この師匠がそれをやったかと思うと、どうしても笑えてしまう。
ここで笑ったら怒られるのはわかっているのだけど、堪え切れなかった。

「僕は最初から足だけで壁に立てた」
ムカッとした顔で断言された。才能の差を見せつけられた感じだ。


感覚を掴む為にと渡された、二つの磁石を眺める。
本の中で知識としては知っていたけれど、こうして実物の磁石に触るのは初めてだ。
飾り気のない黒い磁石はまるで同じに見えるのに、異極間では手を放すとパッと引っ付いて、同極間では強引にくっつけようとしても、つく前に強く弾かれる。
吸着と反発。
師匠に実際に目の前で実践してもらったから、とても便利で使い道が広い力だというのがわかった。
反発は特に興味深い。弾く力は戦闘強化に使える。筋力だけでは無理な動きも可能になる。
重力の魔術も私は似たような使い方をしてきた。戦闘において、衝撃を和らげたり、攻撃に力を上乗せしたりといった具合に。
磁気の性質はそれに近く、それでいて違う用途がある。

(磁石を長くくっつけておくと、ただの金属が磁気を帯びる)
磁力が永く続く磁石を魔力で造る事は難しいけれど、魔力を通わせて、一時的に磁気を帯びさせるだけならば案外容易なのだと、師匠が言う。金属であれば更に容易いとも。
磁気は他のものに影響を及ぼしやすい。つまり、変質させやすいという事。確かに私の「変質」の魔力性質とは相性が良さそうだ。


扉をノックする音に、集中がふつりと途切れた。
ノックしたのは執事長のカリクさんだった。「王宮より、急ぎの使者がこられております」と、師匠に報告する。
いつも穏やかな笑みを絶やさない落ち着いた紳士という印象のカリクさんが、今は青褪めた顔色になっていた。

「エディアローズ殿下が倒れられたそうです」

「っ!」
「なんだって」


カリクさんからの報せを受けて使者と面会してきた師匠は、私にもエディアローズ殿下の容態を教えてくれた。

「過労で高熱を出して倒れたらしい。白魔術の使い手が必要らしいから、これから僕が行く」

高熱と聞いて余計に心配になる。
エディアローズ殿下は精霊の加護を持つ方だ。それでも倒れる程の熱があるという事は、精霊の手に余ったという事。そんなに具合が悪いなんて。

「確かおまえは、薬剤師の免許を持っているんだったな?」
「はい」
「ではおまえも共に来い」
「はい!」

勢い込んで返事したのはいいものの、私はハッと自分の格好を見下ろした。
ぎりぎり貴族階級にいるとはいえ、下級で貧乏な私は勿論、社交界なんて縁がなく、王宮に足を踏む入れた経験も一度もない。
清潔さだけは保っているものの、こんな普段着で訪れて良いのか不安になる。

「あの、王宮って、こんな格好で出入りして良いんでしょうか?」
「きちんとした服を見繕っている暇はない。今回行くのは本城ではなく、王の子供だけが住む離宮だ。それで構わない。必要な物はカリクに用意させる。何か入り用な物があれば伝えておけ」
「わかりました」



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「明日、花が咲くように」 九章 3

「磁気?」

知識としては知ってはいるものの、普段聞きなれないその単語に、私は首を傾げた。
方位を測るコンパスなどに磁石が利用されているというのは知っているが、日常生活にはあまり馴染みがない代物だ。

「そうだ。コンパスなどに利用する磁気を帯びた金属を磁石という。……磁力の性質はわかるな?」
「N極とS極に分かれていて、異極間では引き寄せあって、同極間では退け合う力、でしょうか?」
「その通りだ。これからおまえに、それを利用した力の使い方を学ばせる」

ヒース師匠に力強く宣言されたのはいいのだけど、私には、磁気で訓練というのがどういう事なのか、今一つピンとこなかった。
訓練自体に文句はない。むしろどんな訓練でも、力をつけてもらえるならば大歓迎だ。私はその為にここにいるのだから。

「磁気と魔術に関連があるんですか?」
「四大魔術の枠には入らないが、おまえにとっては有用なものになるはずだ。磁気は重力と性質が似ているから、おまえでも習得できる可能性があるしな」

それを聞いて驚く。
もしかして師匠は、私でも扱える力がないか考えて、磁気という、一般には浸透していない方法まで辿り着いたのだろうか。
ただでさえ押し掛け弟子だというのに。
お金持ちの師匠にとっては何のメリットもないのに。
それなのにこの人は、出来の悪い弟子の魔術を上達させる方法を、ずっと真剣に、考えていてくれたのだろうか。

「自身の魔力をそのまま力に変換する方法は正式な魔術と認められていないから、魔術師の間では浸透していない。魔術とは、魔力を効率良く使う為に他の力を借りて術を行使するのが本来のスタイルだからだ。……だが、たとえ効率の悪い方法でも、使いこなせると使いこなせないとでは、いざという時に差が出る」
「はい」

確かにそうだ。
私は四大魔術を一つも使いこなせないけれど、二番目の師匠の元で重力について学び、それと格闘を合わせる事で、独自のスタイルを創り出した。
それは、魔術師として認められるものではなくとも、戦う上では有効な手段となっている。
使いこなせると使いこなせないとでは絶対の差がある。それはどんなものにも同じ事が言えると思う。
知識だってそうだ。必要な事を知っていると知らないとでは、いざという時に取れる行動の選択肢が違ってくる。

ただ、魔術師協会が他の力を借りて効率を良くした技だけを魔術と認めているのには、れっきとした理由がある。
一人の人間が使える魔力の総量はたかが知れていて、どうしても限界があるからだ。
自身の魔力をそのまま力に変換するだけでは、大きな力も使えず、すぐに魔力が切れてしまう。
師匠のように膨大な魔力を持つ者などごく稀な存在だ。だからこそ、人が奇跡を起こすには、相応の技術が求められるのだ。

「協会に認められていない力の訓練をするのは遠回りな手段だが、今のところ、おまえが使いこなせそうな力は、他に思いつけなかった」

わずかに自責の念を滲ませた言葉に、私の方が謝りたい気持ちになる。
(師匠が自分を責める必要なんて、何一つないのに)

「ヒース師匠、ありがとうございます」
謝る代わりに、感謝の念を籠めてお礼を言った。

「何がだ?」
「……いいえ」

その美しい顔に怪訝な表情を浮かべられて、結局は首を振った。

(わからないかな、この人は)
どうして私がお礼を言ったのか、この様子では全然わかっていない。
素直にお礼の動機を述べたところで、きっと「何の嫌味だ」と、嫌そうな顔をされて終わりだろう。
言葉ではうまく言い表せなくて、私は師匠に深く頭を下げた。


「精一杯、頑張ります」



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「明日、花が咲くように」 九章 2

グリンローザは緑溢れる王国だ。
精霊魔術の一大国として、古くから自然との調和を掲げてきた事もあり、国内には至るところに草木が茂っている。
王都近辺にも雄大な自然が広がっており、私はずっとこの森の恩恵に与ってきた。
山菜や薬草やきのこを採ったり、川で釣りをしたり、木の実や落ち葉を拾ったり、木を伐ったり。
小さい頃から森を歩き回っては、何かを集めるのが好きな子供だったものだから、この辺りの地理には精通している。長年の経験で、危険な場所と安全な場所の区別もつく。

木々の隙間を駆け抜けてゆく風が冷たさを増して、落ち葉が色を茶色に変えて、森に冬の訪れを告げる。

「それじゃアイス、おとなしく待っていてね」

私は愛馬アイスブルーを木に繋ぎ、少し離れた場所に行く。
今日は薪にする木を伐りに森に来ていた。馬車は売ったけれど、質素な木の台車はあるから、それをアイスに引いてもらってきた。家まで木を運ぶのに必要だから。

この地方はあまり雪が降らない過ごしやすい気候だけど、それでもやはり、冬は暖房なしではいられない。暖房費はできるだけ抑えたいから、私は毎年森まで木を伐りに来るのだ。
鉈と斧を使って、倒す木の下敷きにならないよう気をつけながら、慎重に幹を伐ってゆく。
木を伐って、それを台車に乗せられるよう細かくする作業は、結構な力仕事で、体を鍛えるのにちょうど良い。
寒空の下でもかなりの汗を掻く。たまに水筒のお茶を飲んだり干し杏子を食べたりして、休憩を挟む。

こんな森の中に女が一人でいるなんて常識ではありえないらしく、偶に木こりや狩人などと出くわすと、とてつもなく奇妙な顔をされてしまう。
まあ私が森に来るようになって何年も経つので、そういう人たちとは顔見知りになったが。

それよりも問題は、盗賊や人攫いに出くわした場合だ。
私には戦う力があるが、どんな状況も乗り切れるという絶対の自信はない。
そういう相手に捕まったらどんな扱いを受けるのかを、私は少しだけ知っている。

(お父様からも、「危ない事は避けてくださいね」と念を押されているし)
家計を支えるのも大事だけど、まず自衛がしっかりとできなければ、家族に心配を掛けるだけだと、もう、きちんとわかってる。

実は私は、幼い頃に一人で出歩いて誘拐された過去があるのだ。
あの時は、攫われてきた数人の子供の中に、魔術を使える少年がいたのが、何よりの幸運だった。
彼は、捕まった子供たちにこっそり言ったのだ。

「私が怖い大人たちを引き付けてる間に、振り返らないで全力で逃げるように」

私は彼の言うままに他の子たちの手を引いて、命からがらに逃げ出した。
そうして私は無事に逃げ出せたのだけれど、あの綺麗な顔立ちの少年が、無事に逃げ出せたのかどうか、その顛末はわからなかった。
逃げ出したその足で私は警備所に駆け込んで、人攫いの連中のアジトの場所を教え、私たちを逃がす為に少年が一人残った事も報告した。
だけど後日、人攫いのアジトに行ったという警備の人たちに聞いても、名も知らぬ少年の行方については、誰も教えてくれなかった。

……幼かった私たちを逃がす為に、少しだけ年長だったあの少年は、人攫いに抵抗して、殺されてしまったのかもしれない。
それとも、他の皆を逃がす為に人攫いにまた捕らえられてしまって、既にどこかに売られた後だったのかもしれない。
どうか、無事でいてほしいと願っている。
けれど誰も行方を教えてくれないのは、きっとそういう事なのだろうと、私は哀しみに胸が詰まった。


(私が魔術師になると決心したのは、あの人がとても強く印象に残っているからだわ)

元々物心ついた頃から、物語の中の魔術師に憧れていた。魔術師になりたいと、無邪気に夢を馳せていた。
だけど、あの少年に助けられた事で、私の夢は確固たる目標へと変わったのだ。


私もあんなふうに、困っている人を助けられるような魔術師になりたいと。



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