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オリジナル創作ブログです。ジャンルは異世界ファンタジー中心。 放置中で済みません。HNを筧ゆのからAlikaへと変更しました。
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4、覚えなければならない事が山とある

「そーいやキーセって、いつこっちに落ちてきたんだ?」
「昨日」
「え、昨日!? まだ二日目っ!?」
「そう。だから本当に、わからない事だらけなんだ」

驚くクローツに、私は重々しく頷いておく。
昨日の異世界生活初日は、非常に濃い一日だった。

まず、イードとファーシアに保護されて神殿のある最寄の街へ向かう途中、時間が過ぎても太陽の位置があまり移動しないのを不思議に思い、時間単位を訊ねた。
その結果、1分は90秒、1時間は90分、1日は30時間、1ヶ月は90日、1年は16ヶ月で、日数にすると1440日という、驚愕の答えをもらった。
1秒の長さすら、地球の1秒とは微妙に違う気がする。
こうなるともう単位が違いすぎて、私の頭では、地球時間に換算なんてできないと、計算自体を放棄した。
……そもそも、比べても無意味だし。

その後、神殿についたはいいものの男になってしまい、それを口止めして回り、偽名を考えて戸籍登録を申請し、魔法素質を調べてもらって。
魔法が使えるとわかって、冒険者になるのに必要な経費を計算。生活支給金の額から考えて、養成学校にも通学可能というファーシアのアドバイスを元に、冒険者になると決断した。
(そんなに急いで進路を決めなくてもいいのではと神官長のグラン様から心配されたが、無駄に日々を費やして悩むよりは、まずやりたい事に挑戦して、やってみて駄目だったら次を考えればいいと、私は大して悩まずに即決した)

夕方、イード達に養成学校まで送ってもらって、学長であるオリバー様へ事情の説明をした上で入学手続きをしてもらい、夜は寄宿舎の空き部屋を貸してもらって、イードとファーシアもついでに一緒に泊まって、三人で話をしてから寝た。


二日目。
早朝、冒険生活に戻るイード達を見送った後、寄宿舎内に併設してある食堂で、学校が始まるまでは下働きとして皿洗いをして働くかわりに、その間だけ食費を免除してもらえるように、気合を入れて交渉した。
お金は少しでも節約しないと。
日々の生活は勿論、冒険者資格試験にもお金が掛かるし、武器や防具といった装備だって整えないといけないし。お金はいくらあっても足りない。

食堂で朝食を食べてから皿洗いをして、空いた時間に基礎体力をつけようと庭でストレッチや走りこみをしていたところで、学長の使いから呼び出された。
学長室では、神殿の手続きが終わったから、身分証明となるカードを受け取りに神殿に行くよう言われた。
そして、神殿までの案内も兼ねて、担当官になるクロス教官を紹介してもらい、秘密のフォローをお願いした。
学長室を退席した後、クロス教官に内密の取引を持ち掛けられるというアクシデントもあったが、お互いに利害が一致して取引を了承し、話し合いは無事終了。
昼食後、きっちり皿洗いを終えてから、クロス教官の案内で神殿へと向かったのだ。

神殿でカードを受け取る。
『トロンカード』と呼ばれるそれは、身分証明書とキャッシュカードと携帯電話と発信機と時計と磁石と地図といった様々な機能を兼ね備えた、とても便利なカードだ。
普段は腕輪になっていて腕から外れない仕掛けになっているし、カードを具現化しても腕輪の台座は残るから、うっかり盗まれる心配もないし、もしカード状態で盗まれても、カード機能をOFFにすれば、カードが手元になくても、すぐに腕輪に戻せる機能がついているという。
魔法と科学が融合した技術があるこの世界は、地球より科学が発達してる部分が多々ある。

トロンカードを発行してもらってる最中、コーセルさんから、「キーセさんが口止めを忘れていたようですので、泉の番だった神官にも、きちんと口止めしておきましたので、どうぞご安心を!」と、嬉々として耳打ちされ、内心疑ってしまった事に心の中で謝罪しつつ、彼女の気遣いに感謝した。

そして神殿を出たその足で、今度はクロス教官の実家へ。そこでクローツを紹介されて、今に至る。


……地球出身の私からすると、この世界の一日は、とんでもなく長い。
色々慌しくて内容が濃いのもあるけれど、それよりも単純に時間が長い。なにせ、1分は90秒、1時間は90分、1日は30時間なのだから。
朝食から昼食までの時間だけで体感では一日経ったんではと思うくらい、本当に長く感じた。

時間に余裕があるからこそ、皿洗いの合間に走りこみまでやっている。冒険者に必要なのは、根性と体力と健康だ。

私は元々アウトドアが大好きで、中高一貫校ではずっと、「アウトドアクラブ」という部活に入って、山菜採り、キャンプ、登山、魚釣り、キノコ採り、木の実拾い、スキー、かまくらで鍋、薪割り、アウトドア料理の作り方などなど。とにかく色々体験しまくった。

私が産まれた時に「輝ける星のような人となれ」という由来の名前を付けてくれた両親は、小学校の半ば頃に関係が冷えて、あっさりと離婚した。私をどちらが育てるか、お互いに押し付けあって怒鳴りあっていたのを知っている。どちらももう、私がどんな大人に育つか見届けたいと思うだけの愛情が涸れていた。
結局は養育費を父が出す条件で母に引き取られたが、父とはその後、一度も顔を合わせていない。何度か連絡を取ろうとしてみたけれど、一度も電話に出なかったし、手紙の返事もなかった。
ただ、若い女性と再婚したという噂だけが耳に届いたくらいだ。

母の連れ子となった私は、母が再婚してからは義父に疎まれ、共学の中高一貫校に入ってからは、ずっと寮暮らしだった。家に帰っても居心地が悪いので、出来るだけ帰らずに済ませていた。

そんな私にとって、一番の楽しみは部活動だった。自然に触れている時だけ不思議と心が安らいだ。
高校卒業後も、農林系大学の付属寮で暮らしていたし、寮暮らしは年季が入っているから、ここの寄宿舎にも抵抗はない。……これまでとは一緒に暮らす性別が逆という事実だけが問題だ。

私にとって、この世界に落ちたのは不運ではなく、人生最大の幸運だ。
元の世界への未練などない。もし帰れる方法があると言われても、私は絶対に帰らない。
身内だって、娘がいきなり失踪した(という扱いになっているだろう)なら、世間体を気にして表面上は哀しむフリくらいするだろうけど、本気で哀しむ人なんていないと断言できる。
だから親不幸とも思わないし、唐突にいなくなった事に罪悪感も感じない。

折角、理想の世界に来たのだ。夢に向かって全力で取り組みたいし、空いた時間は有効活用したい。
男になったのは予想外とはいえ、それも冒険者として生きるのに役立つと思えば、プラス材料になり得る。後は私自身がこの身体に慣れ、周囲から男と扱われる事に慣れるだけでいい。

学校が始まるまでには、まだ20日も時間がある。
学長は、「コースの新規募集が一ヶ月も二ヶ月も先なら途中編入すればいいですが、たった20日で貴方の希望する基礎コースの新学期が始まるのですから、そこから皆と一緒に学んだ方が良いでしょう」と、焦る私をのんびりと宥めた。

……この世界の人々にとっては20日は短いのかもしれないが、私には充分長い。
基礎体力をつける以外にも、とにかく時間が空けば何かしていたい。覚えなければならない知識は山とあるのだ。

ふと、14歳のクローツなら、子供向けの本を持っているんじゃないかと気づく。

「そうだ。何か子供向けの、わかりやすい本でも貸してもらえないかな?」
「それなら、小学校の教科書が良いと思いますよ。クローツはつい先日卒業したばかりだから、確かまだ教科書を寄贈していないよね?」
教官が助言してくれる。確かに小学生向けの教科書なら、基礎知識を知るのに丁度良さそうだ。
「うん、まだ家にある」
「それを貸してほしいんだけど」
「いーよ」
クローツはあっさり了承する。兄と違って無償で提供してくれるらしい。心根のいい子だ。
これなら取引を抜きにしても、良い友人になれそうな気がする。

幸いにして、『理想の泉』効果で言葉が通じるのみならず、文字の読み書きさえ問題なく出来る。
日本語じゃないのに日本語並には理解できるという現象が奇妙で仕方がないが、「ファンタジー世界だから」と、強引に自分を納得させている。
文字が理解できるのにメリットはあってもデメリットはない。有難い効果である。

「キーセ君、この世界では妖精……、とある事情から、環境問題に厳しい措置が取られているので、資源は大事に扱います。教科書も大切に扱って、必要がなくなったら、きちんと小学校に寄贈してくださいね」
「妖精?」
「説明すると長くなります。教科書に書いてありますので、暇な時にでも読んでください」
「わかりました」
この人実は教官のクセに教えるのに向いてないんでは、と疑いつつも、表面は従順に頷いておく。

「教科書9年分全部だと、持って帰るの重いだろーし、後でまとめて、学校寮のキーセ宛てに送っておくからなー」
「ありがとう、クローツ」

小学校に通う年数は9年なのかと、関係ない事に地味なカルチャーショックを受ける。
クローツが14歳で卒業したという事は、5歳で入学、14歳で卒業という9年方式になるのか。
地球での保育園レベルから中学校レベルまでが全部、こちらの小学校で学ぶ範囲とされているのかもしれない。

(あれ? こちらの一年の長さを考えると、生きてきた時間だけ見れば実は、クローツの方が、私より上? ……そのワリに、クローツの外見は14歳と言われて納得する見た目なんだけど)
泉効果か人種の違いか。深く考えても混乱するだけなので、こういう複雑な問題はすべて棚上げしておく。
もっと生活に身近で、早く身につけねば困る知識は、他にいくらでもあるのだから。


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3、所詮天然の美しさには遠く及ばず

無条件で私を助けて親切にしてくれたイードとファーシアは、とてもいい人達だった。
巫女のコーセルさんもいい人だった。勢い良すぎるからって、内心で疑ってしまって申し訳ない事をした。
コーセルさんは、私が女だからと番を交替した神官さんにも、後できちんと口止めしておいてくれたというのだ。(私はうっかりその人の存在を忘れて、口止めをしていなかった)

彼らは本当に、心からいい人達である。
まあ、単にあの人達が例外なのだろう。クロス教官は、ごく普通の人だ。
普通の人だから、私を助けてくれるのは無償ではない。でも、だからといって悪い人でもない。


「君には、弟の周りに注意してほしいんです」
「私に出来る範囲で、力の限り」

クロス教官には、学長経由で秘密を打ち明けた。
担当教官である彼には、私のフォローだけでなく、通常の授業時間外に、この世界の常識を習う予定だ。
だがそれで、教官に時間外手当てがつくとかそういうボーナスはないらしい。
つまり、貧乏くじ。私のせいで迷惑を掛けまくっている。

だからなのか、クロス教官は学長には内密に、こっそりと、私に一つの条件をつけてきたのだ。
……彼には別に、私の秘密を守るメリットなどない。
なのにこちらの勝手な事情で巻き込んで、その上フォローまで頼んだのだから、代わりに私に出来る事があるなら、する。
これは取引だ。

「弟は、兄の私の目から見てもとても美しい容姿をしていて心配なんです。冒険者志望の子の中には、乱暴な子もいます。
本当は寄宿舎に入るのも反対なんですが、彼には自分が特別綺麗だという自覚がなくて、「寮で友達を作るんだ」とはりきっていて、結局、止められませんでした。
貴方と弟が同室になるように裏から手を回しますから、彼に危険がないよう、よく見ていてください。
あと、寄宿舎だけでなく学校でも、私の目の届かない所では出来るだけ一緒に行動して、彼を一人にしないようにお願いします」
「わかりました」
私は素直に頷いておく。
過保護だとかブラコンだとかは思うけれど、可愛い弟を持つ兄とは、こんなものなのかもしれない。私には兄や姉はいなかったから、よくわからない。

「弟には、君が異世界人でわからない事だらけなので、一緒に行動して手助けをしてやってほしいと頼んであります」
「うまい言い訳ですね」
「実際、君はわからない事だらけでしょう。フォローしてくれる友人が傍にいるというのは、悪い条件ではないはずです」
「そうですね。助かります」

これが持ちつ持たれつというヤツだろう。相互補助。確かに悪い条件ではない。
ただ、弟くんには、私が兄からの頼みで彼と行動しているのだと黙っているだけだ。
多少後ろめたいが、問題はない。目立つ容姿をしていながら危機感皆無で無自覚な本人の責任だ。
……もしかしたら、兄の欲目で特別綺麗に見えるだけで、普通の子なのかもしれないが。



「あんたが異世界から落ちてきたってヤツか? よろしくな、俺はクローツ・ガートレーンだ」
「…………ああ、はじめまして。キーセ・イースルーガです」
「あんたのが年上だろ。敬語なんか使う必要ないって」
「じゃあ、そうする」

(ごめんなさい。兄馬鹿とか過保護とか思ってごめんなさい。この人本当に綺麗です天使ですキラキラです。寧ろ女神です。男の子なのに女神の如き美しさです)
表面だけは無表情を取り繕いつつも、私は内心でかなり激しく動揺していた。

(なんかもう、次元が違う)
自分も『理想の泉』に浸かって、髪や肌が前より綺麗になったとかスタイルがよくなったとか顔が少しは整ったとか自画自賛していたけれど、この子はそんなレベルではない。

月光を集めたような金糸の髪に、朝焼けの空のような澄んだ青紫の瞳、どんな陶器より繊細で滑らかな白い肌。
どんな名人の手による傑作の人形より、絶対綺麗だ。
というか、美しすぎて直視できない。

……考えてみれば、この世界の人々は全員、一生に一度は『理想の泉』に浸かる訳で。そこで多少は容姿が整うのだから、整った後の私のレベルで、ようやく平均的なのだ。
生まれつき、飛びぬけて美しい人とは、まるで格が違う。違い過ぎる。

(これはクロス教官が過剰に心配するのもわかる。過剰ではなく、妥当だ)
綺麗すぎる存在というのは、ある意味罪だ。まあ、慣れればきっと目の保養だが。
しかし今はまだ、目の保養と言えるような余裕はない。

「おんなじ学校入るんだし、遠慮しないで何でも聞いていいからな」
「そ、そうさせてもらう」
ちょっと乱暴な口調までもが、果てしなく可愛く思える。私が女のままだったなら…と一瞬だけ考えて、すぐにこの子が高嶺の花すぎて、とても釣り合わないと思い直す。
まあ、私は外見17、実年齢19の大人だ。
比べてこの子は、見た目も中身もようやく14歳になったばかり。年齢差もある。
こんな絶世の美形とお近づきになれたのだって、彼の兄が私の弱みを握ってるから、他の男よりは危険がないと判断した結果だし。
余計な欲は身を滅ぼす。ここはおとなしく、彼の良き友人役を務めよう。

……そもそも、私は男性と女性のどちらに恋愛感情を抱くべきなのかも、決めかねている。
人の趣味嗜好に口出しする気はないが、自分で同性愛という高い壁を乗り越える気にはならない。
男女どちらも、ある意味では同性と思える現在、恋愛なんて考えるだけ無駄だ。開き直って棚上げしてある。
ともあれ今は恋愛より生活だ。半年の間にきちんと自活できるようにならないと、頼る人のいない私は、この世界で生きていけない。
そっちの方がよほど重要だ。


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2、冒険に心ときめき憧れる

見知らぬ場所で呆然としていた私を保護して神殿まで連れていってくれたのは、冒険者のイードとファーシアという男女の二人組だ。
彼らは恋人同士で、もう何年も一緒に冒険をしているのだと言っていた。

私が二人に最初に会った時は、まるで言葉が通じなかった。(異世界なのだから当然かもしれないが)
けれど、ジェスチャーで水筒の水を飲むように何度も勧められ、恐る恐る口にしたら、いきなり言葉が通じるようになって驚いた。

彼らが水筒に入れて持ち歩いていたのは、『理想の泉』の水で、『力水』と呼ばれるものだという。
「力水は、その水が湧く所に神殿が建てられるくらいの貴重なものなの。簡易の魔避けにも使えるし、魔物の毒に効く毒消しにもなるし、とても便利なのよ」
と、ファーシアが教えてくれた。
「そんな貴重なものを、簡単に持ち歩けるんですか?」
「力水は豊富に湧き出てるから、神殿が安めに販売してんだ。だから冒険者は大抵、この水を持ち歩いてる」
私の疑問には、イードが答えてくれた。
彼らが力水を持ち歩いていたお陰で、私はすぐに会話が出来るようになったのだから、幸運だ。言葉が通じるというのは、とても安心する。

彼らと話をしていて、私は「もし魔法が使えるようになったら、冒険者になるのもいいかも」と、今後の展望に希望を持った。
元々RPGのゲームとか小説とかが好きだったし、アウトドアも大好きだし、「異世界で冒険」という単語に心踊った。
現実はゲームのように単純ではないと頭ではわかっていても、冒険者になれるという選択肢が目の前に現れたら、やはりときめいた。


神殿の『理想の泉』には、私のような異世界人だけでなく、この世界の普通の住人も、一生に一度は必ず入るという。
赤子の頃に入って、力を無意識に暴走させても困るので、ある程度成長してから泉に入るそうだ。
その際には泉を管理する神殿に喜捨する(お金を払う)のが普通だが、異世界人がこの世界のお金など持っているはずもないので、無料で使っていいという決まりがあるらしい。……助かった。

イード達に連れられて神殿についてすぐに、「とにかくまずは泉に入るべし」という話になったのだが、泉に入ったら性別が男になってしまったので、その後が大変だった。

ただ、元は女だったのを人に知られたくないと私が必死で訴えた為、それを知る人数は少ない。

まずは、私を保護してくれた冒険者のイードとファーシア。
私の「輝星」という名は日本でも、男か女か解り辛いものだったが、「キーセ」なら男ではそんなに珍しくないと、偽名を一緒に考えてくれたのも彼らだ。
二人は私が冒険者養成学校に入るのを見届けた後冒険に戻って、今ここにはいないが、私物が何一つない私を気遣って、餞別に、小ぶりのナイフと水筒とリュックをくれた。
とても気さくで親切な人達だった。異世界に落ちて初めて出会ったのが彼らのような人達で、本当に良かった。

その二人より先に私の身体の変化を知ったのは、泉を魔物などに穢されないようにと見張り番をしていた、巫女のコーセルさんだった。
(泉の番は通常神官の役目だが、私が女だったので、同性へ交替してくれたのだ。『理想の泉』は一度しか効果がないので、他に使用者がいなかったのも幸いだった)

その他には、神殿の神官長のグラン様、冒険者養成学校の学長であるオリバー様、私の担任になったクロス教官。合わせて6人である。

微妙な人数だが、計画的でなかったのを考えれば、秘密を知る人数は少ない方だと思う。イードからフード付きのマントを借りて羽織っていたので、他人の目から見て、性別がわかる格好をしていなかったのも大きい。


神殿は戸籍を登録する役目も兼ねている。
神官長のグラン様は最初、諸事情を報告せずに登録申請するのには渋っていた。
もし後々、知っていて報告しなかったのが問題になったらという可能性を考えれば、立場上はそりゃあ渋るだろう。
でも私が、「異世界人というだけでただでさえ好奇の視線を浴びるのに、これ以上悪目立ちして、騒がれるのは嫌なんです」と必死に訴えたら、最後には折れてくれた。
目撃者である巫女のコーセルさんも、目の前で性別が変わった事にとても驚いていたが、無闇に面白がらず、寧ろ大いに同情してくれて、「秘密は必ず守りますわ。神に誓って!」と物凄い勢いで力説してくれた。
コーセルさんのその台詞が、勢いありすぎて逆にちょっと心配になったが、ここは信じるしかない。


……その後、無事に戸籍登録を済ませた後、冒険者になると決めて学校に入る事にした。
この世界の常識を何も知らず、武芸の心得もないまま、いきなり冒険に出るなんて無謀な事は、する気になれなかったから。
イードとファーシアはとてもいい人達だったけど、彼らにずっと頼りきりというのも申し訳ないし。
異世界人は原則として半年間生活費を支給してもえらる優遇制度があり、学費も低利子で貸してもらえると聞いて決断した。

本気で命の危険がある職業につくなら、最低限のノウハウを手に入れてからでないと。
冒険には憧れているけど、私は別に、死に急ぎたい訳ではないのだ。



養成学校の学長と担任教官に事情を打ち明ける事にしたのは、私が挙動不審な態度を取ってしまった時に、フォローしてくれる人がいないと困るからだ。

だって、自分の身体でさえ、未だに着替えとかトイレとかお風呂とか、日常生活の色々に躊躇があるのだ。
学校の寄宿舎は4人部屋で、お風呂やトイレも共有だと聞いて、秘密のフォローをしてくれる存在は必要不可欠だと思ったのだ。

…………他人の身体を見て絶対に動揺しないという自信など、私にはなかった。
これっぽっちも、なかった。


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