七章 『師弟の王子実験』「研究で試したい事があるから、時間が空いたら来い」と、ヒースから連絡をもらった。
ヒースは、色違いの瞳にまつわる伝承の研究をしてくれている魔術師だ。
僕とヒースはわりと古くからの付き合いで、ある意味では幼馴染みのようなものだ。そして、良い友人同士だと思っている。
最近は、彼が弟子にとったスノウ嬢とも友人になれた。
彼らのところに行って他愛ない会話を交わすのは、僕にとって楽しい事である。
(早めに時間を空けて行ってこよう)
僕は急ぎの仕事を片付けて、早速、馬車の手配をした。
「こんにちは。ヒース、スノウ嬢」
「こんにちは、エディアローズ殿下。先日はクッキーをありがとうございました。家族もとても喜んで、殿下にお礼を申しておりました」
「喜んでもらえたなら嬉しいな」
これから向かうと知らせておいたからか、広い屋敷の中庭で、師弟揃って僕を出迎えてくれた。
スノウ嬢は相変わらず、僕を喜ばせるのが上手い。
本人にはあまり自覚がないのだろうけど、彼女は表情や話し方に、遠慮や嘘といったものがない。口調こそ丁寧だが、思った事はズバズバと口に出すタイプだ。
だからこそ、本心から僕を嫌っていないのがわかって安心できるのだ。
彼女のまっすぐな態度はとても心地良い。
「早かったな」
「何か、面白い実験でもやるのかなと思って」
僕がヒースに楽しげな笑みを向けると、彼はそれだけで嫌な顔をする。
普通ならそんな態度を取られれば嫌われていると思うところなのだが、流石に長い付き合いだけあって、僕も彼相手にはそんな心配はしない。
するだけ無駄だから。
ヒースは口も態度も悪いけど、なんだかんだで僕みたいなのを放っておけない、面倒見の良い性格をしているのだ。
研究者としてだけでなく、腐れ縁の幼馴染みとしても接してくれる、貴重な存在。
そして、僕にとっては一番面白い、からかいの対象でもある。
とりあえず、今回どんな実験を行うつもりなのか説明したいからと、いつものテーブルでお茶会をしながら話をする。
こうしてこのメンバーでお茶会をするのも三度目で、このまま定番になっていったら嬉しいなと密かに思う。
打てば響くような反応をしてくれるスノウ嬢と二人で、ヒースをからかい倒して遊ぶのが、すごく楽しくて仕方ない。
だから僕は、また時間を作って遊びに来ないと、と心に決める。
「おまえの周りの精霊を、一時だけ引き剥がしてみるつもりだ」
「え?」
いつも仏頂面のヒースが、眉間のしわをいつも以上に寄せて、これから行う予定の実験内容を告げる。
それは僕にとって、ちょっと意外な内容だった。
僕の周りには、いつもたくさんの精霊が溢れているという。
魔力をろくに持たない僕には彼らの姿を視る事はできないが、「何か」がずっと傍にいる気配だけは、昔から感じていた。
彼らは物心つく前からずっと僕を護ってくれている、優しくてあたたかな存在だ。
害意ある者が僕に危害を加えようとすると、彼らが大怪我を負わせない程度に退散させてくれた。
仕返しされた連中が不気味がって、「僕に近づくと不幸になるのは本当だ」と吹聴したせいで、色違いの瞳の伝承に真実味を与えてしまった一面はあるが、それでももし、彼らが護ってくれていなかったなら、僕への嫌がらせはもっとひどいものになっていたと思う。
もしかしたら、事故を装って殺されていた可能性だって否定できない。
姿が視えなくても、僕にとって、彼らは大切な恩人たちだ。
その彼らを僕から引き剥がすなんて言われれば、正直戸惑ってしまう。
「確かに、驚かれるのも無理はありません。私としても、こんなにも殿下を慕っている精霊たちを強引に引き剥がすのは心苦しいのですが、師匠と話し合った結果、これも実験の一環として必要かと判断したのです」
僕の困惑を見て取って、スノウ嬢が申し訳なさそうに言う。
彼女は弟子として師に学ぶだけでなく、ヒースの助手としても大変優秀なようだ。
これまでヒースの弟子になった者たちは、「役立たず」「邪魔」「研究を盗もうとした」といった理由からヒースによってクビにされてきたというのに、彼女には今のところ、そういった気配がない。
むしろ、訓練でヒースと善戦している姿や、こうして研究の手伝いをしようとしている姿を見るに、ヒースが彼女を信頼しはじめているのが伝わってくる。
僕は初対面の時から彼女の態度を気に入っている。だから、彼女がこのまま無事にヒースの弟子として、ここにいられるのを願っている。
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