安定した召喚に必要なのは、まず、召喚したい対象と先に契約を交わしておく事が第一となる。
精獣は僕らがいるこの次元と非常に近い次元にある隣の次元に住んでおり、こちら側とあちら側を、空間の隙間から自由に行き来する。
手順は、まず魔法陣を描いて空間に穴を開けて、そこから魔力の網を広げて穴の近場にいる精獣を探し出すところから始める。
そして、探索の網に掛かった中から自分が一番契約したいと思う精獣を選び出し、こちら側に召喚し、契約を交わしす。
他にも、こちら側にやってきた精獣を捕らえて契約を交わす手段もあるが、契約したい精獣と偶然出会える確率を求めるよりは、魔法陣で穴を作って召喚した方が確実だ。
一度交わした契約は、術師が死ぬか、精獣が契約を破って逃げるか、契約が解かれるまでは継続される。
術師によって束縛力が違うから、束縛を超える大物とは契約できない。たとえ無理に契約したとしても、すぐに破られるだけだからだ。
精獣の方が進んで仕えたいと思うなら束縛力がなくても契約は可能だが、精獣の好意だけで繋がれた契約など、いつ破られてもおかしくないという危険性が残る。
名を交わし、血を分け、主従契約を交わすと、その精獣をいつでも召喚できるようになる。
先に契約を交わしてさえおけば、召喚時に必要になるのは、喚び寄せる魔力と精獣の名前のみ。
魔力を込めて召喚したい対象の名を呼び、こちら側の界域へと喚び寄せればいいのだ。
僕の屋敷の地下室には、召喚に必要な魔法陣が床に大きく描かれている実験場がある。
精獣が暴れた場合に備えて頑丈に造られた壁には、衝撃を吸収する結界も張ってある。
ここには余程の緊急時以外は立ち入らないように使用人に言い付けてあるので、何かあっても、部屋にいる者以外には被害は出ない。
「開け、界境の門よ」一通りの手順を確認し、シズヴィッドが召喚の儀に挑む。
僕はそれを背後で見守る。
「揺るがぬ地盤に陣を敷き、針の一刺し、世界と世界を繋ぎたもう」精獣が住まう隣の次元と、魔法陣の内部を繋ぐ呪文をよどみなく紡いでゆく。普段は杖を使わないシズヴィッドが、今は木の杖を両手で翳している。
魔法陣に徐々に注がれた魔力が浸透していき、陣が淡い光で浮き立ってゆく。
「規律を乱さずに、調和を乱さずに、いにしえの盟約を乱さずに、流れに沿うて我は請う。魔術のしもべの名の元に。――――いざ開け、界境の門よ」魔法陣に光が満ちて、界と界に一時的な通路が生まれた。
ここまでは順調だ。
次いで、シズヴィッドが魔力の網で向こうの世界を探索し、捕らえたい精獣の姿を探る。
いきなり大物を狙う必要はない。まずはどんな小物でもいいから、精獣を捕らえてこちら側に引き寄せ、契約ができればいい。
…………だが、シズヴィッドがいくら魔力の網を張り巡らせて向こう側の世界を手繰っても、一向に獲物が引っ掛かる気配がない。
時間が過ぎる毎に魔力を消費してゆき、気力を削がれ、シズヴィッドの額に玉の汗が浮かぶ。
(精獣を捕らえられないのか)
界と界を繋ぐ儀式は問題なく行えている。
だが、その先で精獣を網に捕らえる事ができていない。
精獣を捕らえ、こちら側に引き摺ってこれなければ、肝心要の契約は交わせられない。
「シズヴィッド、そこまでだ! 門を閉じろ」
限界近くまで魔力を搾り出し、それでも唇を噛んで堪える様子を見て取って、僕は召喚中止を命令する。これ以上、門を繋ぐ為に魔力を放出し続けても無駄だ。
もし今の段階で精獣を捕らえられたとしても、もうこいつには、それをこちら側に手繰り寄せるだけの力は残っていない。
「っ、はい」
早口で呪文を唱え、開いた門を手順通りに手早く閉じてゆく。
魔法陣が光を失うと同時に、シズヴィッドが堪えきれず、床に膝をついた。息が荒い。魔力と集中力を一気に使い果たしたせいだ。
肩を落とし、懸命に息を整えようとするその背中を見つめ、僕は今後の道のりの険しさを思って、密かに息をついた。
(これは確かに苦戦しそうだな)
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