結局、僕は強く否定できぬまま、退出するシズヴィッドを見送った。
武術訓練の為に動きやすい服も持ってきているから、着替えの服には困らないのだろう。
漠然と、ひどい事をしたような気がする。
あれがどうして男装まがいの服装をしていたのかも、どうして今日に限って女物のドレスを着てきたのかも聞かずに、僕は本能で嫌悪し、その格好を拒絶した。
母が縫ってくれたと言ってドレスを見せた時のシズヴィッドは、嬉しそうにはにかんでいた気がする。
実際、ドレスを着ているのが嬉しかったのではないだろうか。
それを僕が、自分の身勝手さで拒否した。
押し掛けてきたあれを、確かに最初は「女だから」という理由で断った。
根性に負けて弟子にした後も、しばらくは性別にこだわって斜めに見ていた。
だが、性格を知る内にきちんと弟子として認め、一人前の魔術師に育てると、自分で決めたはずなのに。
服装一つでこんなにも動揺するなんて、思いもしなかった。
(気遣わせ、選ばせた)
自分の浅慮だったと先に謝らせてしまったのは、僕の精神的な未熟さのせいだ。
『貴方もいつか、恋をすればわかるわ』
また、母を思いだした。
寝台に横たわり、遠い目をして語った言葉を思いだした。
僕を見ずに、ただ失った夫の面影だけを求めていた。
母は色素の薄い髪色が多いこの国では珍しい、黒髪黒目をした女だった。
元は異国の魔術師で、この国の貴族だった父と結婚し、僕を身篭ったらしい。
父が事故で死んだ後、母はそれを追うように日に日に衰弱してゆき、まもなく死んだ。
生きようと思えば生きられたはずなのに、死を望み、僕をただ一人置いていった。
母は父を深く愛していて、父がいない世界に絶望し、心が死んで、身体も死んだ。
魂が抜けた虚ろな表情で、食事も水も摂らず、ゆるやかな死だけを待っていた姿が目に浮かぶ。
ああいう激情は、僕には理解できなかった。
父がいなくなっただけでも辛いのに、どうして母まで逝こうとするのか、幼い僕には納得できず、何度も何度も、生きてほしいと訴えた。
結局、その願いが叶う事はなかったが。
ただ一人を愛しすぎたが故に、残された世界に未練がなくなってしまった母を責めても仕方がないと、もう、とうの昔に割り切ったはずだった。
子供一人残されたとはいっても、父からは貴族の地位と莫大な遺産を相続し、母からは魔術の才を受け継いでいた僕は、一人でも生きてゆくのに、特に支障はなかったのだ。
両親が死んで、僕は宮廷魔術師長の元に弟子入りした。
宮廷に出入りする女たちが、珍しい黒髪にすぐ興味を持ち、残された遺産と地位、そして魔術の才能に目をつけて、度々言い寄ってくるようになった。
それに嫌気が差し、僕は学友のエディアローズの傍にいる事が多くなった。
不吉王子と忌み嫌われるあいつの傍にやって来てまで僕を口説けるような根性のある女は、宮廷にはいなかったから。
女避けに利用されるのに対して、エディアローズは辛辣な嫌味こそ言ったが、それでもあいつは、そうする事を僕に許した。
僕はこれまで、自分の女嫌いの原因が母にあるとは考えていなかった。
けれど、シズヴィッドの……近しい存在となりつつある相手のドレス姿を見て、嫌悪で気持ちが悪くなった時、真っ先に思いだしたのは母だった。
つまるところ、結局は、そういう事なのだろう。
扉をノックする音がして、僕は我に返る。
「入れ」
「はい。……師匠、大丈夫ですか?」
いつものローブにズボンという格好に戻ったシズヴィッドが、気遣わしげに僕を見る。
それに頷いて、僕は「すまない」と、小さく詫びた。
詫びる事しかできなかった。
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師匠の女嫌いはお母さんがきっかけだったのですね…。でも、普通の女じゃないスノウのことだから、師匠の女嫌いを克服してくれるって信じてます!(笑)ラブな展開も期待しつつ、更新楽しみに待ってます~