僕がドレスを拒絶したせいでそれまでと同じ服装に戻ってからも、シズヴィッドの勤務態度はまるで変わらなかった。
相変わらず良く働き、達者な減らず口を叩き、倹約に異常な執念を燃やして、廃棄物の再利用に燃えていた。
心配して駆け寄ってきた相手に対して「触るな」と拒絶したのは、いくらなんでもやりすぎだった。だがシズヴィッドはそれに関しては一度も文句を言わず、ただ自然とお互いの距離を探って、それを保とうとした。
初対面の時からずっと、図々しい性格の女だと思っていたが、それは少し改めなければならないようだ。
シズヴィッドは図々しさ以上に、賢さと冷静さと、我慢強さを持っている。
今回の件では逆に、僕の精神的な未熟さが浮き彫りになって、居た堪れない思いがした。
自分では気づいていなかったが、僕は未だに幼少時のトラウマを引き摺っていたようだ。
とうの昔に亡くなった母を、子供一人残して逝ったからと恨んで、許せずにいるなんて。……なんて幼い。
これからは、「女だから」という理由だけで八つ当たりしないよう、しっかり自制しなければ。
我が事ながら、難しい課題だとは思う。
だが、シズヴィッドは女である前に一人の人間であり、僕が認めた弟子でもあるのだ。師という立場にあるからと、これ以上、理不尽に傷つけていいはずがなかった。
十二月に入り、魔術師協会から、魔術師の資格昇級の試験実施を報せる手紙が届いた。
魔術師協会とは、世界各地に支部を持つ団体の名称で、世界一の魔術の権威である。
その協会で正式に認められた者だけが、おおやけに「魔術師」として名乗れるというのが、世界共通の決まり事だ。
魔術の実力があるのを前提に、専門の知識を持ち、世界の法則を知り、人としての正しい倫理観を持つ者だけが、魔術師と認められる。
規律を破って称号を剥奪された者は「堕術師」と侮蔑される。
正式なライセンスを持つ事がそのまま、魔術師としての信用に繋がるのだ。
魔術師協会のグリンローザ支部から郵送された報せを一瞥し、僕はその手紙をシズヴィッドに差し出してみせる。
「協会からの、試験への申し込みの有無の確認だ」
「もうそんな時期になったんですね」
渡された手紙を読んで小さく息をつく。
内容に目を通してから、手紙を元通りに折り畳んで僕に返してくる。
シズヴィッドはこの報せに対し、僕がどういう答えを出すのかを、もうわかっているのだろう。
試験は年に二度、一月と八月に行われる。
これを逃せば、次に魔術師となれる機会は半年も先送りになる。
だが、今の時点で試験を受けるだけの確固たる実力のない者は、試験には推薦できない。
弟子を持つ魔術師に試験参加の有無を確認してくるのは、初めから見込みのある者だけを送り出せという、協会側からの暗黙の指示である。
「弟子が試験を受けるに相応しいだけの実力を持つかどうかの判断は、師に委ねられる。僕は今の段階では、おまえに試験を受けさせる気はない」
シズヴィッドの目を見て、はっきりと宣言する。
答えを先延ばしにしても意味がない。少なくとも後一ヶ月で、この弟子を一人前に育てられるとは思えないのだ。
現実的に物事を見れば、今回の試験見送りは当然の結果だった。
「おまえは戦力だけをみれば、並の魔術師程度に戦える実力はある。だがそれは、格闘に重点を置いた場合の話であり、純粋な魔術の技量そのものは「未熟」の一言に尽きる」
「……はい」
シズヴィッドは、この国で最も浸透している精霊魔術をまったく使いこなせず、召喚術も成功していない。
こんな現状ではどうしようもない。本人もそれをわかっているから、頷くしかないだろう。
ただ、生まれながらの素質に大きく左右される白魔術が使えないのは、仕方がないと言える。
白魔術は使い手が希少で汎用性もあり、とても重宝されている。それが使えるならば他が覚束なくても魔術師として優遇されるのは間違いないのだが、こればかりは、努力だけではいかんともし難い。
黒魔術はそもそも、学ぶのを歓迎されない。
この国以外を拠点とするなら黒魔術を学ぶのも選択肢としてありだろうが、シズヴィッドは弟のいるここを離れるつもりはないというから、今のところ除外している。
魔との契約や呪いなどを主体とする暗黒面の技は、代償を求められたりと様々な弊害もある事から、一般に嫌われがちだ。
また、この国では、長く冷戦状態が続く敵国が黒魔術を得意とするのもあって、特にその方面への印象が悪いという事情もある。
僕自身は、四大魔術すべてを使いこなす。
黒魔術も、僕は自身が知らなければ納得いかないと師匠に無理を言って、半ば独学で習得した。
白魔術の方は、元々、母の血からその才を受け継いでいた。
その二つは相反する性質なので、両方を使えるのは極めて珍しいと言われている。
その上で、精霊魔術も召喚術も使いこなすとなれば更に希少となり、そのどれもを高度に使いこなすとなれば、世界でもほんの一握りしか存在しなくなる。
僕はこの国で唯一、四大魔術すべてに精通する人材である。
だからこそ、シズヴィッドがどんなに厄介な性質を持っていたとしても、柔軟に対応して鍛えられる可能性があると思っている。
国一番の魔術師と呼ばれる僕の元に弟子入りしたのだ。
シズヴィッドにはしっかりと実力を備えさせた上で、試験に臨ませるつもりだ。
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