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オリジナル創作ブログです。ジャンルは異世界ファンタジー中心。 放置中で済みません。HNを筧ゆのからAlikaへと変更しました。
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「明日、花が咲くように」 二章 5

「週末までにこの本に目を通しておく事」
「はい。お借りします。図書館にない希少な本を読めるのは嬉しいです」
「国立図書館といえど蔵書には限りがあるからな。他国の魔術研究書は有名な物しか取り扱っていなのは、ある意味仕方あるまい」

シズヴィッドは、僕の助手として日常の仕事を真面目に取り組む他に、こちらが提示した課題にも勤勉に取りんでいた。
最近は僕も、これまで破門してきた相手とは違って、この女は(性別こそ苦手な女とはいえど)それなりに見所があると考えを改めていた。
その為、信用出来ない者には見せる事もしない秘蔵の研究書の一部を、屋敷の外まで貸し出す許可も出した。
屋敷で働いている時間だけでは吸収しきれない膨大な知識を蓄えるには、自宅での学習が効率的だからだ。

シズヴィッドは僕の出す課題を疎ましがる事は一切なく、寧ろいつも張り切って取り組んでいる。
修行したいが為に強引に弟子入りしてきたのだから、早々に弱音を吐くようなら幻滅していたが、我ながら鬼かと思えるような多量の課題を積み上げても、音を上げないどころか、喜び勇んで着実にこなし続けている。その様はただならぬ気迫と根性を感じさせられた。

そんなこんなで、口と態度に不遜な部分はあるものの、仕事は出来ると内心でそれなりに高く評価していたのだが、本日、些細なきっかけで妙な部分が露呈した。




「ああ! なんてもったいない!」
「一度捨てた物を拾うな! というか、ゴミ箱を漁るな!」

僕は、屈みこんでゴミ箱を漁る銀髪の頭にゲンコツを喰らわせた。

「ですが、これはまだ使えますよ! 半分近くも空白じゃないですか。しかも裏面は真っ白じゃないですか。もったいなさすぎます! ……そうだ。どうせ捨てるなら、私が持って帰って構いませんかっ」

いつもすまし顔の女にしては、珍しく声を荒げて主張する。たかが紙一枚だというのに、この有様はなんだ。
その形相が必死すぎて笑う気にもなれない。そこまで貧乏なのかこいつの家は。

「魔術師全体の品位を貶めるような行動は慎めっ」
つられて僕まで語尾が荒くなる。魔術師たる者、常に冷静であらなければならないのに、この女といるとペースを崩されて嫌になる。

「品位以前の問題です。例えどんな職業についたとしても、物を粗末にすればバチがあたるんです!」
「まったく、口の減らない女だ」

僕は溜息をついて、片手で前髪を掻きあげる。
鉄拳制裁を躊躇っていた数日前の自分を馬鹿らしく感じる。ゲンコツで頭を殴る程度では、この女はちっとも懲りなかったのだ。
まあ、僕だって人でなしではないから、力は加減しているのだが。

拳を合わせて実力を知ってから、僕はこの女に対して無駄な配慮をするのをやめた。
シズヴィッドの方もあれ以来、上辺だけでなく、僕を師として敬う側面をようやく垣間見せるようになった。
まあそれも、それまでの胡散臭い態度に比べれば多少マシといった程度だが。
それまでは僕の事を、研究に没頭してばかりの頭でっかちの魔術師とでも思っていたのだろう。肉弾戦で負けて、ようやく実力を素直に認めたといったところか。

(それにしても、いくら貧乏とはいえ、貴族階級の女から倹約について説教を受けるとは何か屈辱だ)

「おまえがそんなに倹約に煩いとはな」
「私の研究分野は「節約」ですから当然です」
「それは魔術の話だろう」
「貧乏ですから日常でも、倹約・節約に努めていますとも。私の通った後には、世間が無駄と断じるような物でさえ、何一つとして残りません」
「それは明らかにやりすぎだ」

会話しながら書いていたら僕らしくもなく、また文字を書き損ねてしまった。
だが、これを捨てたらまたこの女は「もったいない!」と叫んで、持って帰ろうとするのだろう。頭の痛い話だ。
これが研究の記述なら、研究内容は門外不出だと持ち出しをはっきり拒否できる。
だがこれは、何でもない内容の、使用人への連絡事項だ。持ち出し厳禁と言い渡すには理由が弱い、……ような気がする。
いや。僕が僕の物を自分の家でどう捨てようと、本来なら弟子に口出しされる謂れなどない。
わかってはいるのだが、あまりにも真剣な剣幕で言い切られると、こちらが悪いような気にさせられてしまう。これは如何なものか。

「私だって、これでも研究用の書類については、目の前で捨てられても、何も言わずに我慢してきたんです」
「我慢していたのか」
(こいつが弟子になってから研究書類ばかり書いていたから、今までは何も口出ししてこなかったのか)
研究用の物ならば何を捨てても口を挟まない。貧乏性のシズヴィッドにも、その程度の分別はあったらしい。
逆に言えば、研究用でないと見るや否や、ターゲットにしてくるのか。
……この貧乏人相手でなかったらストーカー疑惑でも持ち出したところだ。

「紙は高いんですから、無駄にしてはいけません。本も高いですよね。ああ、そう考えると図書館って本当に素晴らしいですよね。本屋では立ち読みすれば追い払われるのに、図書館では無料で本を読ませてくれるだけでなく、貸し出しまでしてくれるんですから! 私、図書館を考案した方を本気で尊敬します」
「いい加減煩いぞ。これは持って帰って構わんから、隣の部屋の魔道型帆船模型でも掃除していろ。おまえがいると煩くて集中出来ん」
「有難うございます! 帆船模型ですね、徹底的に綺麗に掃除しておきますので、心置きなくお仕事に励んでくださいっ」

新たに書き損じた分もまとめて放り出すと、シズヴィッドは顔を輝かせて受け取って、それはそれは大事そうに抱えて、スキップして部屋を出ていく。
細かくて厄介なものを掃除しろと言ったのに、この上なく嬉しそうだ。

「ルルに好きに字を練習していいって、紙を渡してあげられる~♪」
閉じた扉の向こうから、鼻歌を歌いながら遠ざかっていく足音がする。

(ルル……。病弱な弟が、確かルルーシェとかいう名前だったな)

初対面の時からやたらと「弟が、弟が」と力説していたから、相当なブラコンだろうとは予想していたが、これは本当に徹底的に溺愛しまくっているらしい。


(あの女に、溺愛)


会った事もないのに、何故か無性にその弟が憐れなような気がした。


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「明日、花が咲くように」 二章 3

もうしばらく、魔道具の掃除や手入れなどを徹底的にさせて根性を試そうかと思っていたが、現在どれだけの能力を持っていてどれくらい戦えるのか、どうにも気になってしまった。
魔術師としての腕がどうとかではなく、護身術がどの程度なのかを知っておかなければ、この女を馬で通わせるのに不安が残るからだ。

「腕を見てやる」と僕が言うと、驚いた顔で、「師匠って意外と面倒見が良いのですね」と感心された。……どこまでも失礼な女だ。

使役する精獣を召喚して戦わせても良かったが、変質の魔力がどう働いて、万一の事態が起きないとも限らない。
僕は変質の魔力性質について、国内ではもっとも研究を進めている第一人者であると自負しているが、それでも、こいつ程にまで傾いた能力の持ち主は、これまで見た事がなかった。
ある意味、貴重な研究素材とも言える。

僕は普段の黒いローブから、動きやすい服に着替えて裏庭に出る。
シズヴィッドもローブを脱いで、ズボンにシャツとベストだけの軽装になっていた。いつもは後ろで一つに括っている髪も、高い位置まで結い上げて三つ編みにしてまとめている。
その軽装から見ても、やはり変質と相性が良いとされる、格闘系の戦い方をするようだ。

そういえば、僕に紹介状を書いてよこしたこいつの前の師は、「疾風のペレ」と呼ばれる、接近戦を得意とする珍しいタイプの魔術師だ。
彼は魔術の研究分野においては特に功績を残していないので、魔術師としての地位は低いが、13年前、国境で紛争があった際、ナデュワードの砦という最前線となった戦場において、一人で何十人もの敵を相手にして勝利したという武勇伝がある。
かくいう僕自身、その紛争鎮圧に参加しており、その活躍をこの目で直に見た。戦い方が独特だった事もあり、わりと印象に残っている。
この国の魔術師は後方支援でしか役に立たない貧弱なタイプが多いのだが、あのペレの弟子だったというなら、シズヴィッドもまた、接近戦を得意としても不思議はない。


「素手ですか?」
「天才と名高い僕が、見習いのおまえに遅れを取るとでも?」

僕の本来の戦闘スタイルは杖を使っての魔術と杖術が主だが、たとえ武器を使わずとも、見習い程度に負ける気はない。接近戦でも戦えるだけの実力はある。

「それもそうですね、では、遠慮なく行かせていただきます」
(ナックル!?)

両手にはめた金属製のナックルの鈍い輝きに、一瞬気を取られた。いくら格闘系と予想していたとはいえ、女がその武器はないだろう、と。
僕が呆気に取られている隙に素早く走りこんで距離をつめたシズヴィッドが、走ってきた勢いに乗せて本当に何の遠慮もなく、鳩尾を狙って鋭い蹴りを放ってくる。
風切り音と、風圧が一気に押し寄せてくる。咄嗟に身を引いてその蹴りを躱すが、間近を通り過ぎていったブーツの重心と圧力の違和感に気づいて眉を顰める。

(こいつ、ブーツの踵とつま先にも、金属を仕込んでいるのか!?)

ナックルといい、仕込み靴といい、一朝一夕で使いこなせる武器ではない。ましてや女が使うには金属の重さがネックになって使い辛い武器の筈である。
それを扱い慣れている速さと動作でもって繰り出してくる相手に、僕は僕は油断ばかりはしていられないようだと、気を取り直して応戦した。



時間にして、十数分は経っただろうか。
脳内ではその何千倍もの思考速度だった気がするが。

「よし、もういいだろう」
「はい! ありがとうございました!」
ビシッと、軍隊顔負けのきっちりした敬礼をして、シズヴィッドが直後に、派手に地面へと倒れこむ。

僕は、乱れた息を整えながら頬を伝う汗を拭う。額に張り付く髪が鬱陶しい。

(か、勝ったか……)

師匠としての面目は、一応、守れたらしい。
しかし、ここまで梃子摺るハメになるとはまったく思っていなかった。
……想定外に、かなり、……いや、ものすごく強かった。

これだけの実力があれば、仮に暴漢に襲われたとしても返り討ちにできる。
それどころか、襲ってきた暴漢を警備兵に突き出して、褒賞金でも貰って、家計の足しにでもしていそうな気がしてきた。
きっとそうだ。そうに違いない。



(この女は、心配するだけ無駄だ)



ものすごい徒労感に襲われて、僕もまた、地面の上に座りこんだ。


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「明日、花が咲くように」 二章 2

「それにしても、おまえは何故、毎日馬に乗ってくるんだ」

僕は不機嫌を隠さず腕を組んで、弟子となった女を睨む。
生意気で態度が悪く、僕が知る女の範疇から悉く外れているとはいえど、シズヴィッドも一応生物学上は「女」の分類に入る存在である。
自宅から僕の屋敷まで毎日朝晩を馬で往復するのは、いくらなんでも危険ではないか。強盗や痴漢にでもあったら、一体どうするつもりなのか。

シズヴィッドの身長は年齢から見れば平均並だが、服の外からでもわかるくらいろくに胸がない痩せ型体型だ。
かといって、ズボンを穿いて男物の服を着ていても、男と見間違う事はない。

「その服装では到底貴族には見えないだろうが、女が一人で出歩くなど、犯罪者の格好のカモとなるだけだぞ」

弟子に何かあれば、師匠の沽券に関わる。だから師になってしまった者の義務として注意はしておかなければ。
そう思って忠告してやったのに、シズヴィッドは平然と僕の言葉を受け流した。

「ご心配なく。護身術の心得はありますから。それに見習いとはいえ、魔術も少しは使えますし」
「……変質の魔力は、攻撃や防御にはあまり向いていないはずだが?」

僕は眉を顰める。
シズヴィッドの魔力性質が地水火風といった基本元素、あるいはもっと扱いやすい性質のものならば、苦労はなかっただろう。
変質の魔力は、属性性質を変化させるだけという、ある意味究極に地味で使い勝手の悪い魔力だ。
この女の資質がそんな厄介なものである以上、まともな魔術など扱えるはずがない。
事実、本人はあっさり頷いて、僕の疑問を肯定する。

「ええ。おかげで悲しい事に、変質させられるのを嫌がって、精霊は私の周りには近寄ってきてくれず、精霊魔術が使えません。私が今使えるのは、属性魔術の内の、重力の変質……衝撃を緩和させたり反動させたりといったくらいですね。どれもまだ初心者レベルですが」

(おい)
それを聞いて、僕は頭が痛くなるのを感じた。

属性魔術は魔術の基本で、もっとも扱いやすいものだ。なのにそれですら、変質の一部という特殊な分類しか使えないとは。
シズヴィッドは思っていた以上に魔術を使えていないようだ。

属性魔術の一部だけなら、魔術師に習わずとも、学校で習う知識だけで使いこなせる一般人もいるというのに。見習いとはいえ、何年も魔術の修行を積んできた者の持つ実力とは到底思えない。……というか、思いたくない。
それに重力の変質は使い勝手が悪く、初心者レベルでは、実戦で役に立つ程使えるものではないのだ。
極めれば肉体強化の技として、強力な魔術となりうるが、今はまだ精々が素人に毛が生えた程度にしかならないだろう。

いくら僕が天才でも、こんな弟子を無事に育て上げられるのか、段々不安になってきた。
この女の育成を放り出した前の師匠らの気持ちが良くわかる。普通そこまで悪条件が揃っていれば道半ばで諦めそうなものなのだが、当人だけがその粘り強さで、魔術師となるのを諦めようとしない。


「ならせめて、馬車を使え」
「それはできません」
「何故」

いい加減苛々する。
何故こうも人の忠告をことごとく受け流すのだ、この女は。

「我が家には馬はいますが、車がありません。馬に取り付ける車を、財政難で売り払ってしまったので」
「……そこまで貧乏なのか」
「それはもう」
堂々と胸を張って言い切らずとも良いだろうに。まったく、この女は変わりすぎだ。
僕の知っている普通の女とはまるで違うからこそ、渋々とはいえ弟子にするのを認めてしまったのだが、……しかしこうまで変わっていると、どう扱っていいのかわからない。

「それに馬を走らせるのと違って、馬車では片道に30分も掛かってしまいます」
「たった10分程度の違いで、細かいし煩いな」
「本当に暴漢に襲われた場合、馬の方が却って身軽に逃げられます。どうせうちには御者もいませんから、馬車にしたところで自分が操縦する事には変わりありません」
「御者すらいないのか。…………では、僕にとっては非常に不本意極まりないが、この屋敷に住み込みの弟子になるつもりはあるか?」

噂好きの馬鹿どもに、女の弟子と同棲だなどと揶揄されるのを思うと腸が煮えくり返るが、それを理由に危険を見逃すのも後味が悪いと、断腸の思いで提案すれば、
「ありません。病弱な弟を放っておけませんと、何度も申し上げているでしょう。
師匠、そろそろ通勤の話は終わりにして、研究を再開してはいかがです? 時間は有意義に使いませんと」
「……」
考える間もなく、即断ってきた。挙句、更に余計な一言が付いてくる。
女嫌いの僕の折角の思いやりを速攻で蹴るとは、無礼にも程がある。

とりあえず、弟子のくせにひたすら生意気なこの女を、鉄拳制裁で黙らせていいだろうか。
そうすれば、こいつも一応は女だから、「男のくせに女に手を上げるなんて」と、口煩く喚くのだろうか。


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