三章 『かつての師匠達』私にとって最初の師匠にあたるのは、アイリーシャ・オリゼという名の、白銀の髪に銀色の瞳をした、品のある素敵な初老の女性だった。
穏やかな微笑みを絶やさないとても優しい人で、中等学校で魔術の基礎を教えていた先生が彼女の教え子の一人だった縁から、先生に紹介して頂いて、私を弟子に取ってもらったのだ。
「この国は女性の魔術師が少ないですから、貴女のような若い方が魔術師を目指してくれて、とても嬉しいわ」と、ほがらかな笑顔で私を歓迎してくれた。
私の魔力性質を知って、「あらあら、どうしましょうか」とちょっと困ったように微笑んで、それでも私を見捨てる事なく面倒をみてくれて。
「魔術師として知らなければならない基礎なら、わたくしにでも教えられるわ。それに、わたくしは薬剤師でもあるから、もし興味があるなら、薬の扱いも教えましょう」
そう、聖母のような優しさで言ってくれた。
心根の優しい、とても素晴らしい師だった。
その人徳は、私が師事してきた師の中で一番素晴らしいと思う。
精霊魔術を得意とし、その中でも特に地の性質と育成の魔力資質を持った彼女は、溢れるような緑に囲まれた家で、たくさんの精霊にその慈愛の手を愛されて、穏やかに過ごしていた。
彼女の育てた草花は、どれも輝くように力強く咲き誇っていた。
私はそんな師の元で薬の扱いを学び、本を読み話を聞き、研究の手伝いをしながら、魔術の基礎を学べるだけ学んだ。
彼女が私に薬剤師としての資格を取るように勧めた最も大きな理由が、私では魔術師になるのは難しいだろうから、他に特技を持った方が良いと考えての事だったと後で知った時には、複雑な気持ちになったけれど。
それでも、魔術に関しても手抜きせず丁寧に教えてくださったし、実際、薬剤師としての技能は、私の役に立っている。
その心遣いは有難いものだった。
そうして二年近く彼女の元で学んできたが、「貴女の魔術師としての才能を伸ばすのは、これ以上はわたくしでは無理でしょう。わたくしより貴女を教えるにふさわしい魔術師を紹介します」と、二番目の師匠に推薦された。
* *
二番目の師匠は、デヴィッド・ガイスターンという名の、灰色の髪に濃い黄色の瞳をした中年の男性で、いつも不機嫌そうな表情をしている人だった。
とても厳しくて、「そんなんじゃ、おまえに魔術師なんぞ無理だ! さっさと諦めろ!」と、よく怒鳴られ、木の杖で殴られた。
何かあるとすぐ、「歯向かうんなら破門するぞ!」と脅されて、夜遅くまで徹底的にこき使われた。
師匠はかつて、「重力」という希少な研究分野で大きな功績をあげて有名になった魔術師だったのだけど、最近は目立った功績がなく、私が弟子入りした頃はとても荒んでいて、日中でもお酒を呑んでいるような人だった。
それでも、私の持つ変質の魔力にとって、一番影響を与えやすく扱いやすい性質が重力だったから、彼の元に紹介されたのだ。
弟子入りした当初、彼は私を殴ってこき使うばかりで、魔術の事など何一つ教えてくれなかった。
顔や身体に痣をこさえて帰ってくる私を見て、家族にも心配を掛けてばかりだった。
けれど、弱音を吐けば破門され、魔術師としての未来が潰れる。その恐怖が、道を諦めたくないという執念が、私をギリギリで彼の元に留まらせた。
ずっと歯を食いしばって耐え抜いた事で、私の中には不屈の精神が育った。
そうしてしばらくは不遇の日々が続いたけれど、師の態度は、いつしかゆっくりと変わっていった。
私の根性に根負けして、私の存在を認めてくれるようになっていったのだ。
殴られる回数も徐々に減っていって、魔術の修行もつけてもらえるようになった。
自身が伸び悩み、鬱屈としていた彼にとって、出来の悪い弟子は、もう一人の自分のように見えていたのか。
次第に、酒を呑むよりも自分の研究よりも、ただ私の力を伸ばそうと全力で鍛えてくれるようになっていた。
彼は確かに、重力魔術の扱いに長けた魔術師であり、そして、私のような特殊な才を伸ばすのにも長けていたのだ。
何度も何度も叱咤されながら同じ事を繰り返し、私は身体にその感覚を叩き込まれた。
そうして、私は彼から、重力の「反動」と「緩和」の初歩を覚えこまされたのだ。
その二番目の師匠が、「俺じゃあ、ここまでが限界だ」と肩を落とした時には、私よりも彼の方が打ちひしがれているように見えた。
私に新たな師匠への紹介状を投げ渡し、背を向けて酒を呑む後ろ姿は、惨めで悔しそうだった。
共に過ごす内、彼の胸には、私を何としても魔術師として育て上げようという執念が育っていたのだ。
結局はそれを果たせなかった事が、彼をいたく傷つけていた。
最初の師の元を去る時にも思ったけれど、ここから一人前の魔術師として巣立てなかった事を、申し訳なく、とても残念に思った。
* *
三番目の師匠は、少しだけお父様に似た雰囲気を持つ青年だった。
名をクラフト・ペレといい、薄茶の髪に薄緑の瞳をした、柔和で優しげな見た目の人だった。
でも彼はその見た目の雰囲気に反して、実は、魔術師としては異例の接近戦のスペシャリストで、武術と魔術を組み合わせて戦う実戦派の人だった。
この国では後方支援の魔術師の方が圧倒的に多く重宝される傾向にあるのに、その中で異色の技術を磨いてきたその人は、私のような変り種を教えるには確かに良いかもしれないと思ったものだ。
彼は、「私には変質の魔術は教えられないけれど、その魔術と組み合わせるのに向いた戦い方なら教えられるよ」と言った。
格闘技なら、幼い頃からお母様に護身術を習ってきたけれど、それに魔術を加えて動くとなればまったく勝手が違う。
どちらかに意識を取られると、どちらかが疎かになってしまうからだ。
これを同時にこなせなければ、実戦ではまるで役に立たない。
私は彼の元で、接近戦にどう魔術を組み込んでいくかを教わった。
彼は優しかったけれど、同時に戦いというものにはとても厳しい師だった。
戦闘を教わるという事で、一番身体を酷使したのも、ここでの修行の日々だった。
そんな師匠が、「これ以上私の元にいても、君は魔術師としての資格は取れないだろうね」と苦く笑った時には、私はとうとう夢を諦めねばならないところまできたのかと、絶望しかけた。
それでも諦めたくなくて、師匠に何度も、まだ諦めたくないのだと心から訴えた。
彼は随分悩んだ。
私を師事してくれそうな親しい魔術師がいなかったからだ。
だが、私が諦めないのを知ると、悩みながらも一つの道を示してくれた。
「私は彼とは顔見知り程度で、親しくはないから、推薦しても、君を弟子にしてくれるか確実ではないのだけど……。
この国一番の天才と名高いヒース・アライアス。彼なら、君の才能を伸ばせるかもしれない」
そう言って、紹介状を書いてくれた。
「ただ……女嫌いの人だから、簡単には弟子にとってくれないかもしれない。けど、君の熱意と根性があれば、きっと大丈夫だよ。とにかく頑張って」と、最後まで私を励ましてくれた。
皆、それぞれ良い師匠だった。私のような厄介な弟子の面倒を、真剣に見てくれた。
忙しかったのも辛かったのも、私が魔術師を目指すには必要なものだった。返せるもののない私には、過ぎる程のものを与えられた。
感謝してもしきれない。彼らから学んだすべてが、今の私を支える基盤となっている。
彼らが伸ばしてくれた力を、四番目の師の元で、今度こそ開花してみせる。
絶対に、一人前の魔術師になってみせる。
それが私の決意。
私はまだ、諦めない。
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