「殿下のお立場の改善にも役立つでしょうが、同じ瞳を持った人たちはきっと他にもいて、ただ公になっていないだけではないかと思います。
そんな人たちの為にも……、そして、未来に生まれてくる子供たちへの差別を失くす為にも、魔術的な研究は、ぜひとも必要かと」
「そうだな。その通りだ」
確かに、シズヴィッドの言う通り、事はエディアローズ一人の問題では済まされないのだ。
伝承は大陸全土に広まっているのだ。今この時にだって、差別され迫害されている者がいるかもしれない。むしろ、他にもいると考えて動いた方が良いだろう。
僕が伝承を否定できるだけのしっかりとした根拠を示せれば、今後、色違いの瞳に対する差別を減らしてゆける。
仮に伝承そのものを否定できなかったとしても、その瞳の原理をはっきりと解明するだけでも、人々に根付いた畏れを、ある程度は払拭できるはずだ。
僕の研究成果が、幾つもの人生を左右する可能性を秘めている。極めて責任重大な立場だ。やりがいがある。
いずれは、「生まれてすぐに捨てられても当然」などと言われるような現状を打破したいものだ。
「おまえは今の段階では、伝承をどう解釈している?」
僕が試しに訊ねてみると、「難しい質問ですね」と眉を顰める。
「師匠のように研究を重ねてきた訳ではありませんので素人意見になりますが、色違いの瞳が精霊に愛されすぎる特性を持つ可能性はあるかと。それで、精霊たちが彼らを守ろうと行った行為が、周囲に何らかの作用を及ぼしたとか」
首を傾げてしばし考え込んで、己の推論を口にする。
それは、エディアローズの周囲に群がる異常な精霊の数を直視した魔術師ならば、誰でも考える可能性だ。
僕もまず、それを可能性の一つとして考えた。
「当然それも、可能性としては考えている。だがそうなると、愛する者や身近な存在を不幸に陥れると伝えられてきたのは不可解だ。
精霊は己が守護する者に害のある存在を敵視する事はあれど、愛する存在に害を加えるような事はしない。
それに、記述を調べても、精霊の影響を書き記したものが見つかっていない。
これだけ広く知られている伝承だ。それがもし精霊の仕業なら、視える者にはわかっただろう。それらしい記述があってもおかしくないはずだ」
「そうですね。色違いの瞳の持ち主が皆、あのように精霊に愛されるのであれば、それに関する記述がないというのは不自然ですね」
僕が探し出した関連記述は、数十年前のものから数百年前のものまで溯る。
それ以前の古い記録は見つかっていないが、いずれ見つかるかもしれない。
生まれてすぐに捨てられて存在そのものを認知されてこなかった例が大半だが、それでも確かに、色違いの瞳の持ち主は歴史上存在してきたのだ。
だが、不吉をもたらすと伝えられてはいるが、その原因について言及する記述は見つかっておらず、魔術師から見た考察も、一切見つかっていない。
それが僕の研究を遅らせている。
「私の最初の師匠も精霊にとても愛された方でしたが、あの方の周囲の精霊たちは、弟子となった私を避けこそすれ、いつも遠くで見守ってくれているような感じでした。危害を加えられた事など一度もありません」
「おまえは精霊たちに避けられてはいるが、嫌われてはいないからな」
「師匠はとっても愛されていますよね。周囲をうろうろされるのが嫌だからって、用がなければ近づきすぎないように言いつけているのに、それでも健気に「ご用があればいつでも呼んでください、それまではそっとお傍に控えています」って感じで、こちらを窺っている精霊たちの、なんて多い事か」
シズヴィッドが軽く肩を竦める。
僕は確かに膨大な魔力の持ち主で、精霊に愛される性質を持ち合わせている。
用があって軽く呼び掛ければ、一体で済むような用であっても、先を競ってワラワラと集まってくるくらいには好かれている。
「エディアローズのような視えない者とは違って、視える者にとっては、ある程度の距離は必要となってくるものだ」
もし視えていたならエディアローズだって、もう少し離れてくれと哀願するに違いない。あの精霊すべてが視えていれば、それらが邪魔で、視界すらろくに確保できない。
「モテる方の台詞ですね。ああ、私も一度でいいから精霊たちに囲まれる幸せを堪能してみたい」
「囲まれるのが幸せか? ……とりあえず、あいつが来た時には囲まれていただろう」
「あれは、殿下の傍をどうしても離れたくない精霊たちが、私を苦手としながらも、渋々残っていたような感じでした」
「確かに、そんな感じだったな」
僕が肯定すると、シズヴィッドが恨みがましい視線を向けてくるが、こいつが精霊たちに避けられているのは厳然たる事実だ。今のところ、どうしようもない。
(だが、精霊魔術が使えないこいつを一人前にする為には、何らかの手を考えなければならないのも事実だ)
色違いの瞳の伝承を、しっかりと解き明かす事。
変質の魔力性質を持つ弟子を、魔術師として育て上げる事。
僕に科せられた役割は多い。
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