「大丈夫。けど、もう少しだけ考えさせて」
僕がそう言うと、ヒースは先程実験の為に張った結界を取り払い、スノウ嬢は新しくお茶とお茶菓子を用意してきてくれた。
今感じたものを話すのに、心の準備がほしかった。
彼らはこの瞳の真実を探る為の協力者であり、得難い友人であり、冷静な思考の持ち主たちだ。
だから実験で得られた今の「感覚」をありのままに話しても、僕を避けたり嫌悪したりはしないだろう。
それでも、話すのに躊躇した。
こちらに向けた負の感情を読み取る存在なんて、避けたいと思うのは当然だから。
(だけど、彼らなら、大丈夫)
そうやって、自分の中で今起きた事を話す覚悟を決める。
「多分、色違いの瞳が不吉と言われる、原因の一端に触れたんだと、思う」
僕には、この瞳に纏わる伝承が、今起きたあの感覚に起因しているという確信があった。
迷信なら良かったのに。伝えられてきた伝承が真実の可能性が高いと、今の出来事で、身をもって思い知ってしまった。
僕が感じたものを、できる限り感じたままに再現するように話してゆく。
口にしづらい内容だったけれど、実験で得られた「成果」を何も言わずに、自分の裡だけに留めておく訳にはいかない。
「思ったよりはずっと、向けられてきた感情がまともだったのが救いだけど」
ただ「不吉だ」と避けられていたとばかり思っていた長兄が、昔僕を苛めたのを気にして、接し方に困って、戸惑っているのを知れた。
シュシュが最近肥満気味になっていた原因が、親兄弟に嫌がらせするのが大好きな、二番目の兄の仕業だとわかった。
いつも怯えてばかりの弟が、「僕に」ではなく「彼の母親に」怯えて、こちらに近づいてこないのだと知れた。
他の兄弟は……まあ、普段の行動から予測できる範囲内だった。
ある意味では笑える。
彼らは常に裏表のない態度で、僕に接してくれていた訳だ。
「ヒースやスノウ嬢の声も聞こえたよ」
『こいつは人をからかって遊ぶ腹黒だ』『精霊に慕われて羨ましい』ヒースをからかう事に楽しみを見いだしている僕を理解している、ヒースの心情。
精霊に避けられてしまうスノウ嬢の、悪意のない小さな妬み。
「では、私の身勝手な妬みが、殿下にそんな辛い思いをさせてしまったのですね」
「おい、泣くな!」
スノウ嬢が切なそうに顔を歪めたのを見て、僕よりもヒースが先に過剰反応した。女嫌いの彼は、女性に泣かれると条件反射で苛立ちを感じるらしい。
もっともスノウ嬢はヒースに言われるまでもなく、初めから泣いていなかった。ただ、自身の不甲斐なさを責めつつ、それを必死に表に出さないようにしているのが見て取れた。
(そんな顔、しなくていいのに)
彼女が精霊に取り囲まれる僕を羨ましいと感じるのは当然で。けれど、こちらを逆恨みするような悪意がないのは、ちゃんと理解している。
彼女がそれを僕にぶつけるような人じゃないのはわかっているから。そんな顔、しなくていいんだ。
「スノウ嬢やヒースの「声」は、全然嫌なものじゃなかったよ」
彼女を安心させようと微笑む。言葉は本心からのものだ。
負の感情だけを読み取ったはずなのに、それでも決して彼らのそれは、僕の心に突き刺さるような、棘のあるものではなかった。
「当たり前だ。僕はおまえに悪意など抱いていなからな」
「腹黒だとは思われてるみたいだけど?」
「それは単なる事実だろう」
居丈高に腕を組むヒースの、これまでと変わらない態度が嬉しい。
『おぞましい』『忌み子が我に触れるでない』…………そう。
実の両親であるあの人たちから向けられた、本物の嫌悪に比べれば。
他の皆の「声」は、なんて無邪気で害意がなく、優しかった事か。
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