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オリジナル創作ブログです。ジャンルは異世界ファンタジー中心。 放置中で済みません。HNを筧ゆのからAlikaへと変更しました。
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「明日、花が咲くように」 九章 9

死んでしまったのだと、半ば諦めていた。けれど今、こうしてここに生きていてくれたのが嬉しかった。
私はずっとお礼を言いたかった。ありがとうって言いたかった。

たった一度の出会いが、私の人生を大きく変えた。


「娘、手を放せ」
「っ、申し訳ありません!」
淡々と言われて、私は慌てて握り締めた手を放した。
そうしてようやく、状況を思いだす。
目の前にいるのが、かつての恩人であると同時に、「凶王子」アルフォンソ・シアン殿下なのだと繋がる。
王族の手を強引に握るなんて、無礼にも程がある。私は焦って謝った。
ずっと憧れていた恩人と再会できた喜びと、その人が王子殿下だったという事実への驚きで頭が混乱する。冷静になろうと努めても、心はまだ落ち着かない。

「おおやけには、第二王子は病で不在だった。誘拐などされていないという事になっている」
「……それは」
潜めた声で告げられた言葉に、私は息を呑む。
それは、公式には病の扱いだったと言いながら、けれど実際には、誘拐されたのを否定しない言い回しだった。
十年間、王宮を不在にしていた間、この人は、果たしてどこにいたんだろう。
十三年前、人攫いの元から私たちを逃がした時期と、第二王子が病で療養するという噂があった時期が、今考えてみれば、大体重なる。
重なってしまう。

何か、裏に深い事情が隠されているのかもしれない。
もしあの時、本当に王子が誘拐されていたなら、国がそれを伏せて、病だとした理由がわからない。

「王家の闇に触れて始末されたくなくば、余計な事は知ろうとするな」
私の思考を読んだように、アルフォンソ殿下が釘を刺す。

(王家の闇なんて、私の手には追えない)
私は何の権限もない下級貴族の娘で、一介の魔術師見習いでしかない。王家の巨大な権力に立ち向かう力など持たない。
余計な事を知ろうとするなと忠告してきたからには、ヒースやエディアローズ殿下にも、決して他言してはいけないという事。

「詮索するなという忠告ですか」
「そうだ」
すんなり頷く。
あまり遠まわしな言い方を好まない性格なのかと、少し不思議に思う。嫌がらせはとても遠まわしで回りくどいのに。

(気が狂ってると言われているけれど)
その言動が周りからどれ程狂って見えるのか、私は実際には知らない。
それでも、エディアローズ殿下に対する嫌がらせは害がなくて、正直、凶人の行いにはとても思えなかった。
今も、その紫の瞳には知性が宿っていて、気違いには見えない。
(けれどそれも含めて、詮索してはいけないんだわ)

ならば今、私にできるのは一つだけ。

「私はあの時救ってくださった人に、とても感謝しています。貴方はその人にとても良く似ています。
もし、貴方が私の力を必要とするなら、いつでも仰ってください。私は僅かな力しか持ちませんが、誠心誠意をもって、貴方の元へ駆けつけると誓います」

地面に膝をついたまま胸に手を当てて、アルフォンソ殿下にそう誓った。
心からの忠誠を捧げた。

本人だとわかっていながら、遠まわしにしかお礼を言えないのはもどかしいけれど、それよりも、こうしてまた会えたのが嬉しかった。
もし私に何かできる事があるなら、それがどんなに困難でも、この人の為に力を尽くしたいと思った。
彼が本当に狂っているかもしれないという恐怖はなかった。ただその力になりたかった。

私の誓いを聞いて、彼は非常に複雑な表情を浮かべた。
澄んだ紫の瞳に、戸惑うように光が揺れる。

「名は」
「スノウ・シズヴィッドと申します」
「そなたは魔術師ヒースの弟子だろう。もし私が、師を裏切れと言ったならどうするのだ?」

口調こそ静かだが、とても意地悪な問いだった。
私にとっては、恩人であるアルフォンソ殿下も、師匠であるヒースも、裏切れない人であるのは変わりないのに。
それでもどちらかを選び、どちらかを切り捨てろと、そう言うのだろうか?
私はしばし目を伏せて考えてみたが、結局はどちらも選べなかった。だからまっすぐに彼の目を見つめ返して、はっきりそれを言葉にした。

「それは困ります。私は大切な人を裏切れません。……師匠とエディアローズ殿下と私の家族にとって、悪いようにならない範囲でお願いします」
開き直って、真面目な顔をして、決して捨てられないものをつらつら並べていくと、アルフォンソ殿下は、どんどん呆れたような表情になって、やがてお腹を抱えて笑いだした。

「く、くく。はははははっ」



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ネット小説ランキング>【異世界FTコミカル/異世界FTシリアス】部門>明日、花が咲くようにに投票
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「明日、花が咲くように」 九章 8

約十三年前、私が四歳の時の事だった。夏祭りにはしゃいでお父様とはぐれてしまったのは。
迷子になって一人で歩いてる時に人攫いに連れ攫われ、薄暗い倉庫に閉じ込められた。

そこには三人、同じ境遇の子がいた。私と同じくらいの背丈の栗色の髪の姉弟と、白い巻き毛の十二歳前後のお兄さん。
幼い姉弟には怪我はなかったけれど、お兄さんは右手の甲に怪我をして、その怪我を手で押さえて、苦しそうに息を吐いていた。暗闇の中でも彼の顔色はとても悪くて、病気な人なのかもしれないと心配になった。
私は、彼におずおずと近づいて、まだ血を流し続けるその手の傷に、ハンカチを巻いた。

「ぐあい、わるそうです。だいじょうぶですか?」
「問題ない。日頃から毒は耐性をつけている。この程度では死にはしない」
「どく……?」
「何でもない」
病気で具合が悪いのだと思っていたら、彼はそう答えて、弱々しく首を振った。

「ねえちゃん、ぼくたち、どうなっちゃうの」
「わかんないよう。ひっく」
抱き合って震えていた顔立ちの良く似た姉弟が、泣き出してしまう。
私も、これからどうなるのか全然わからなくて、どう言っていいのかわからなかった。

攫ってきた男たちはとても乱暴で、連れ去られる時大声を出そうとしたら、お腹を強く殴られた。今もそこがジクジク痛む。
声を出せないように布で口元を覆われ、麻袋の中に閉じ込められ、馬車か何かでここまで連れてこられた。扱いがひどく乱暴で、残虐な笑みを浮かべて、私の事を、まるで壊れてもいいおもちゃみたいに見た。

「に、にげないと、いけませんっ」
私は勇気を振り絞って、小さな声で彼らに言った。とにかく、このままここにいたら、もっとひどい事が待っている気がした。

「で、でも、どおやって?」
「えっと、それは」
涙で濡れた瞳で、一番小さな男の子に弱々しく問われて、どうすれば逃げ出せるのか、考える。
(たぶん、みはりのひとがいるんだよね。どうしよう)

「私が怖い大人たちを引き付ける。その間に逃げるといい」
「え?」
私は、それを言った白い髪の少年をびっくりして見つめた。
やっぱり息が荒いし、ハンカチを巻く時に触れた手が熱くて、きっと熱もあるのに。

「だって、ぐあいがわるいんでしょう? それに、こわいおとなばかりです。あなたがあぶないです」
「だが、逃げるには囮が必要だ」
「それなら、わたしがやります!」
いくらこの中で一番の年長のお兄さんとはいえ、こんなに具合が悪そうな人にそんな事させられないと思って、私は怖いのを我慢して、震えないように足を踏ん張った。
だが彼はあっさりと首を振って「駄目だ」と言った。

「敵の追っ手を引き付けられなければ意味がない。……私には戦う力がある。魔術が使えるからな。囮役に最適だ」
「おにいさん、まじゅつしなんですか!?」
「そうだ」
物語の中で、ずっと憧れていた存在。
それが今、目の前にいるこの人がそうなのだという。
本物の魔術師。初めて見た。
私はびっくりして、間近から彼の目を覗きこんだ。閉じられた倉庫の暗闇で今までわからなかったが、彼の目は、とても綺麗な紫色をしていた。左の目じりに小さな黒子がある。

「何があっても振り向かず、そなたたちは全力で逃げるように」

ここがどこなのか、どこに逃げ込めば安全か、彼は私たちにわかりやすく教えてくれた。
私は頷いて、姉弟の手をそれぞれ握った。こうすればきっとはぐれない。
具合が悪そうな彼を一人残してゆくのはとても不安だったけれど、彼は魔術師だから大丈夫だと、繰り返し言うだけだった。
その頃の私にとって魔術師とは、とても強い人というイメージがあった。だからきっと大丈夫だと、自分に言い聞かせて、頷いた。

後はもう無我夢中で、姉弟の手を引っ張って、心臓が壊れそうになるくらい必死に走って走って、教えてもらった一番近い国の守備隊の駐屯所まで駆け込んだ。
何があったと問う声に、自分たちが攫われて閉じ込められた事と、それを逃がす為に一人の少年が残った事を伝えた。そして「はやくたすけにいってあげてくださいっ」と泣きついた。

自分があの場に残って、彼を手伝えるだけの力を持たないのが悔しかった。
もし戦う力を持っていたら、私にももっと、できる事があったはずなのに。

駆け出してゆく守備隊の人たち。
私はそのまま駐屯所で、彼らの帰りを待ち続けた。
途中で、報せを受けた姉弟のご両親と、私のお父様とお母様も、泣きながら迎えに来てくださったけど、私は彼の無事な姿を見るまでは動かないとわがままを言って、ずっとそこに居座り続けた。

……だが、夜が更ける頃、ようやく戻ってきた守備隊の人たちは、誰もあのお兄さんについて教えてくれなかった。
助かったとも、一言も、言ってくれなかった。


私は泣いた。


そして多分、泣き疲れてそのまま眠ってしまったんだと思う。
その日の記憶は、そこで途切れている。



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「明日、花が咲くように」 九章 7

私は師匠の馬車で、自宅から王子宮までの間を送迎してもらう事になった。
王宮に単騎で入れるのは軍を除けば一部の上級貴族だけなので、アライアス家の馬車でなければ出入りに手間取るからだ。

王子宮は、それぞれに割り当てられた区画がかなり広かった。
エディアローズ殿下は他に供もいないから、割り当てられた区画の殆どを使用していない。
逆に第一王子は、側仕えの従者だけでなく、王子妃やその侍女もともに暮らしていて、かなりの大所帯だという。
宮内は専門の女官が生活全般を管理しており、エディアローズ殿下の区画にも、彼女たちは毎日、定期的にやって来る。だけど皆最低限の仕事だけをこなして、そそくさと立ち去ってしまう。

住まいが広く立派である程に、孤独がより浮き彫りになる。
お見舞いの品も、藁人形から以外は一つも届かない。他のご兄弟がお見舞いに来られる事もない。

(ここの暮らしはとても寂しい)
貧しくてもあたたかな家庭で育った私には、殿下の心にどれだけの傷があるのかさえ察してあげられない。人気のない回廊を通る度に、それを思い知る。


ふと音楽が聴こえて、私は足を止めた。
辺りを見回すと、木陰に座る人影を見つけた。影になってよく見えなかったけれど、多分、若い男性。
竪琴で奏でられる静かな調べは、「別れの曲」。……死者への手向けに贈られる、鎮魂歌の一種だった。
高熱で寝込んでいる人の近くでそんな曲を奏でるなんて、なんて縁起の悪い。

……鉢植えの花を思いだす。あれが嫌がらせなら、この曲を奏でる竪琴の主もまた、嫌がらせを趣味とする人物だろうか。
(ならもしかして、あそこに座っているのが、第二王子のアルフォンソ・シアン殿下?)

師匠は放っておけと言っていたし、エディアローズ殿下も苦笑するばかりで、兄君の嫌がらせに文句を言うでもなかったけれど。一つ一つは害がなくても、こんな立て続けに嫌がらせを続けられると、精神的に参ってしまうのではと心配になる。

私の身分では、王子殿下に対して文句など言えない。私がここで問題を起こしたら、困るのはエディアローズ殿下やヒース師匠だ。
わかっているから無言で通り過ぎようとしたのだけど、好奇心に負けてもう一度、木陰の人影にちらりと目をやってしまった。

……。
(、あ――――?)

目が、合った。

(むらさきのひとみ?)

光沢のある白く長い巻き毛に、宝石のように鮮やかな、深い紫色の瞳。
中性的な美貌には、記憶に懐かしい面影があった。

「……あっ!」

……記憶の糸を手繰り寄せるまでもなく、私はその人を知っていた。
忘れられるはずがなかった。

考えるより先に、そちらへと駆け出す。
多分、ものすごい形相で、ものすごい勢いで駆け寄ったんだと思う。その人は驚いた顔で、竪琴を奏でる手を止め、私を驚いた表情で見た。

「どうした、娘?」
「あのっ私っ!!」

間近まで駆け寄って膝をつき、ぐいっとその顔を覗き込む。
左目の目じりに泣き黒子。右手の甲に、斜めに走る刃物の傷。それらを確かめて確信する。決して人違いではないと。

(ああ、やっぱり)

この時私は、不敬だとかそういうのが完全に頭から抜け落ちていた。
というか、目の前のその人が王子殿下だという仮定すら忘れていた。
ただ、感激のあまりその人の手を取って、ぎゅっと握り締めて必死で訴えた。

「私、昔貴方に助けられた者です! 攫われて閉じ込められた時、貴方に逃がしてもらった内の一人です!」



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