忍者ブログ
オリジナル創作ブログです。ジャンルは異世界ファンタジー中心。 放置中で済みません。HNを筧ゆのからAlikaへと変更しました。
[4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [14

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「明日、花が咲くように」 十一章 1

十一章 『年が明けて』




「終わった、ああああ!」

包帯で固定させた左手で辛うじてサインしていたエクスカイルが、最後の一枚を終えると同時に立ち上がって絶叫した。

グリンローザの第五王子エクスカイル・キャロルは、青銀の髪に明るい灰色の瞳をした、見た目だけは愛らしい容姿の持ち主だ。
だが、その内面は見た目に大いに反して、毒舌を吐いて人を脅して威圧する、傲岸不遜な性格をしている。
この王子はある事情から、最高位の石の精霊と同化して生まれた。そのせいで生まれつき強力な石化能力を備えており、巷では「石化王子」と呼ばれている。
幼いながらもその手腕は確かなもので、実力は誰もが認めるところだが……。
エクスカイルは有能であると同時に、超のつく問題児でもあった。

「ごめんヒース。結局、年明けまで付き合せちゃって」
「そう思うなら、今度こそきちんと養生するんだな」
「そうだね。そうさせてもらうよ」
エディアローズが椅子に座ったまま伸びをして、僕を見て苦笑した。その肩には、ようやく飼い主の手元に戻ってきたシュシュの姿もある。
「しばらく有給休暇にしたからな。思う存分休めるぞ」
エクスカイルがふふん、と得意げに胸を張って宣言する。

「寝る」
「あ、キーリ殿下、お疲れさまー」
「おまえも僕の権限で有給休暇にしておいたぞ! 思う存分休むがいい!」
キーリが立ち上がり、一言だけ残して執務室の出口に向かう。兄二人がそれぞれ掛けた声に無言で頷いて、そのまま出て行った。
王の末子であるキーリ・ヒルカは、本来は宮廷魔術師の立場にあり財務官ではないのだが、資格だけは持っていた事からエクスカイルに強引に巻き込まれて、仕事を手伝っていたのだ。
だが、無口ながらも要領がいいらしく、適度に休憩を挟みながらこなしていたので、倒れる程の疲労は溜めなかったようだ。
本来ならこの二人だって、そういう体調管理ができなければならない立場なのだが、九歳の末弟が一番しっかりしているというのはどういう事か。

あまりの惨状を見かねて、積みあがった仕事が一通り終わるまでは、僕も臨時で手伝った。
僕が財務官としての資格を持っていると知って、エクスカイルは「くっ、こんなところに最終兵器がいたとは……っ」と悔しがったが、人材がほしいなら自分で育てろと、勧誘は突き放した。

「もう一人二人、使える部下がいれば、エディアローズが無理をしてまで仕事に戻る必要はなかったはずだ。部下の育成を放棄した報いがこれだ。少しは反省して今後に活かせ」
そもそもエクスカイルは、なまじ才能が有り余っているものだから、他者を無能と謗って、切り捨てるのに容赦がないのだ。
「あの無能どもを、僕に育てろと言うのか!?」
僕が忠告すると、エクスカイルが柳眉を上げて睨み返してくる。
「……先程まで仕事を手伝ってやっていた者を石化しようとするな」
その暴挙に呆れ果てて溜息をつく。
僕は常日頃から防御の魔術を構築しているから石化を未然に防げたが、他の者ではこうはいかない。

エクスカイルはそれこそ日常的に周りの者を石と化す。その暴挙は誰にも止められない。
だが、石化を恐れて大人がまともに叱らないものだから、こうまで我が儘に育ったのだ。
この問題児にはもう少し、常識を学ばせた方が良い。

「正式な資格を持つ財務官なら、基礎は心得ているはずだ。おまえが指導を怠って、部下を「使えない」まま放置しているだけだ。その態度を改めない限り、何度でも同じ事態が起こるぞ。そうなれば害を被るのは、おまえの副官という名のお守り役を押し付けられたエディアローズだ」
「……っく」
エクスカイルが悔しげに唇を噛み締める。
反論はなかった。拳を握り締めて深く俯く。背が低いので、俯くと表情が見えなくなる。
エディアローズがその様子を見て眉を顰める。
「ヒース、言いすぎ」
「おまえは弟を甘やかしすぎだ」
「長官、ヒースはこう言ってるけど」
「もういいっ! さっさと休め!」
エディアローズが言い掛けた言葉を遮って怒鳴りつけて、エクスカイルはそのまま執務室を走り去った。反射的に後を追おうとしたエディアローズを、僕は手で制する。

「幼いからと、立場ある者を無闇に甘やかすな」
僕に止められてその場に留まったものの、やはり弟が気になるらしく、エディアローズは愁いを帯びた表情で、弟が飛び出していった扉を見つめた。



←back 「十章」 4  「明日、花が咲くように」 目次へ  next→


ネット小説ランキング>【異世界FTコミカル/異世界FTシリアス】部門>明日、花が咲くようにに投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(週1回)
「NEWVEL」小説投票ランキング
「Wandering Network」アクセスランキング
「HONなび」投票ランキング



PR

「明日、花が咲くように」 十章 4

三年前、大量の財務官を処罰したせいで、財務省は他に比べ慢性的な人手不足だ。
僕に石化されるのを怖れ、不吉眼の伝承を怖れるせいで、中々新しい人材が入ってこないのも、人手不足に拍車をかけている。

別に、財務官の多くが処罰されるきっかけを作った事自体は後悔していない。悪事を働いた連中が悪いのだ。
けれど、国務を滞らせる訳にはいかない。
僕は、人材不足を補うだけの仕事をしないといけない。

それに、不吉眼が倒れたのも、そんなになるまで気づけなかったのも、上司としての僕の責任だ。
最近、無理をしているような気はしていたのに、年末業務の忙しさにかまけて放っておいたら、何でもないふりしていて、いきなり倒れた。


「無理しすぎだよ、長官」
「ふん。先に過労で倒れた軟弱者の台詞とは思えんな」
「ごめんね」

過労で倒れてから四日経って、不吉眼が執務室にやってきた。それと同時に、その顔を見て、末弟以外の連中がさっさと散っていった。
白魔術で僕の治療をしていた臆病者など、「ごめんなさい~~~~っ」と叫んで、不吉眼の顔を見るなり全速力で走って逃げようとして、途中でつまずいて盛大に転んでいた。滑稽すぎる。

「熱は下がったのか?」
「大体はね」
「……大体?」
僕が胡乱な目を向けると、不吉眼に付き添ってきた魔術師ヒースが、「仕方がない」と溜息をついた。
「何が仕方ないんだ」
「おまえが無理をしているといって、エディアローズが聞かない」
「ねえ長官。もう少し、僕に寄り掛かってよ」
不吉眼が、毛布に包まった僕の頭をそっと撫でる。
普段なら、そんな事は絶対にしないのに。自分から触れる事を極端に避けてばかりだったくせに、一体どんな心境の変化だ。熱で頭までやられたか。

「シュシュ、長官の傍についててくれてありがとう」
僕の毛布の中で丸まっている小動物に、不吉眼が柔らかく笑いかける。
「こいつは書類の山を崩したぞ」
「だけど、この子はあたたかかったでしょう」
「ふん」
無性に腹が立ってそっぽを向いた。
これまでずっとそういうあたたかさを、この小動物にしか求めなかったのだ、こいつは。

「キーリ殿下も、長官を手伝ってくれてありがとう」
兄弟の中で一人だけこの場に残って黙々と机に向かう末弟にも、不吉眼が笑いかける。
無口で無愛想な末弟は無言で頷き、そのまま何事もなかったようにサインを続けた。
こいつは不吉眼を避けるでもなく、懐くでもなく、他の兄弟に対するのとまったく同じ態度を取っている。
こいつは誰に対してもそうだ。国王であり親である相手に対してさえこんなだ。
(僕も、人の事は言えないが)

だが、不吉眼は自分を避けない末弟に対してさえ、「殿下」という敬称を外さない。
こいつはどの兄弟に対しても、殿下とか長官とか敬称をつけて、決して呼び捨てにしないのだ。ヒースの事は呼び捨てにするクセに。

それは、一定の距離を踏み込ませない為の、目に見えない防御壁だ。

避けられるのに慣れすぎて、人と距離を置く事で精神の安寧を計る不吉眼は、とても愚かだと思う。
そういう態度を取らせる周囲の方が、より愚かなのは確かだが。

……本当に皆、どうしようもなく愚かだ。
僕以外は。



←back  「明日、花が咲くように」 目次へ  next→ 「十一章」


ネット小説ランキング>【異世界FTコミカル/異世界FTシリアス】部門>明日、花が咲くようにに投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(週1回)
「NEWVEL」小説投票ランキング
「Wandering Network」アクセスランキング
「HONなび」投票ランキング



「明日、花が咲くように」 十章 3

「何故」
「いいから言われた通りサインしろ。僕は最早、利き腕でない左手までろくに動かせんのだ」
「無茶」
「うるさい」

無口で無愛想な末弟の第六王子に、口頭で指示を出す。
無理を押して仕事していたら、なんと本当に腕が動かない状態になってしまった。
それで苦渋の策で、正式には宮廷魔術師であるが一応は財務官の資格も持つ末弟に、代理署名をさせている。

末弟は、幼いながらも腕の良い宮廷魔術師だが、魔術関連以外は単語でしか喋らない、無口すぎる生物である。
意志の疎通ができんから僕はこれが苦手なのだが、不吉眼が倒れ、僕自身も手が動かなくなった今、代理署名をさせられる人材が他にいなかったのだからこの際仕方がない。
他の無能兄弟どもは資格がないから駄目だ。

財務官の資格は、大学できちんと取得しなければならないのだ。僕は飛び級で取得したが、兄弟でこの資格を取得しているのは、僕の他には、不吉眼と無口と気違いだけだ。
資格だけは持っていても気違いは論外だし、他は代理署名もさせられない。消去法でいくと、この無口な末弟以外には任せられるのがいなくなる。

一度、療養を命じた不吉眼が無理に仕事に戻ろうとしたので、僕はヒースを呼び出して、ヤツを王子宮に連行させた。
高熱の病人にまで仕事をさせる気はない。僕は鬼じゃないのだ。
「鬼」
「うるさいわ! 妙な部分だけ以心伝心で心を読むな!

現在僕は執務室のソファーの上で、毛布に包まった状態で、末弟に指示を出している。
ちなみに不吉眼の飼っている小動物も、一緒に毛布に包まっている。そうして押さえていた方が、書類への被害が出ないからだ。

両手がろくに使えなくなったせいで、腹立たしい事に、僕は日常生活すら覚束ない有様だ。この書類の山が終わったら、思う存分有給休暇を取りまくってやる。誰が何と言おうと絶対有給だ。これは譲れない。
あと、慰謝料も請求してやる。この書類の山を作った連中、覚えてろ。僕は恨みを忘れない。

「石」
「……が、…だ」
(誰が石だ)

いかん。段々と意識が朦朧としてきた。
まだ書類は山とある。これを終えるまでは、僕が倒れる訳にはいかないというのに。


「年端も行かぬ子供が無茶をするではないわ」
ナルシストで高慢ちきな第二王女が僕を叱りに来たが、僕はガンとして執務室から動かなかった。
「いい加減に休め、エクスカイル!」
うるさいだけの馬鹿長兄は、当然の如く無視しておいた。
「馬鹿じゃないの」
眉を顰めて、陰気な第三王女が口を尖らせる。これも無視した。手伝える権限がないなら放っておけ。役に立たない愚者はいらない。
「えくす~~~」
シクシクと鬱陶しく泣きながら僕を治療する臆病者は、辛うじて動く左手で一発殴っておいた。


……不吉眼はまだ戻ってこない。
今日も僕は茶色い小動物を抱えて、書類の山と格闘する。



←back  「明日、花が咲くように」 目次へ  next→


ネット小説ランキング>【異世界FTコミカル/異世界FTシリアス】部門>明日、花が咲くようにに投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(週1回)
「NEWVEL」小説投票ランキング
「Wandering Network」アクセスランキング
「HONなび」投票ランキング





忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne