年末から年始にかけての怒涛の書類地獄が終わり、今は休暇の最中だ。
数日間、ゆっくり休んだ事で熱も下がり、体調も元に戻った。
ヒースやスノウ嬢も、僕のせいで慌しい年の始まりを迎えさせてしまって申し訳なかったけれど、今頃は穏やかな休日を満喫しているだろう。今度彼らに何かお礼の品でも差し入れないと。
「蜂蜜など入れてないだろうな!?」「入ってないから安心していいよ」
長官は僕の淹れたお茶を、疑わしげに見る。いつも彼は、小さな体でふんぞり返って偉そうだ。
(疑わしいなら飲まなきゃいいのに)
とは、思っても口にしない。そんな細かい事で言い争っているようでは、この長官の補佐役は務まらない。彼との付き合いには、適度なスルー技能が不可欠だ。
ちなみに、本来ならこの人への見舞い品だったあの大量の蜂蜜は、スノウ嬢が持って帰ってくれた。後で甘すぎないお菓子にして差し入れしてくれるそうだ。
僕の元にも小瓶で一つ残っていて、偶にお茶に入れたりして使っているが、甘いのが苦手な長官がいるから、今回は使っていない。
執務室で休憩にお茶を飲む事もあるから、僕は彼の好みをそれなりに把握している。
……そのせいで、
「何故あの気違いが僕の好みを知っている!? まさか密告したのか!?」と、詰め寄られたのは、記憶に新しい。
言い掛かりだ。僕は、どうせ嫌がらせするなら自分でする。楽しみを人に譲ったりなんかしない。
「精神論より具体案がほしいな」
やる気だけですべてが解決するなら、世の中もっと楽なんだけどね、と苦笑する。
「む。根底にやる気がないと、どんな良案も無駄になるんだぞ!?」
「それはまあねえ」
彼の言う事ももっともだ。意識改革が重要なのは確かだ。
だが、職員全体の意識を改革する為に、まず僕らがどんな政策を打ち出せるかが、今の焦点なのでは。
そもそも具体的な策を練る為に、わざわざ休暇中にここまで来たんじゃないのかな。改革案を「やる気」の一言で終わらせたりしたら、ヒースにものすごい馬鹿にされそうだ。
「具体的に言うと、
金だ。
給料だ。良く働く者は増給し、働きの悪い者は減給する」
人差し指を立てて自信満々にされたその発言に、僕はまたたきをする。
それはまた、随分と思いきった策を打ち出してきたものだ。この人の事だから、やるとしたら徹底的なまでに実力主義でやりそうだ。
「即物的だね」
「
俗人は金で釣るのが一番だ。これで部下どものやる気を生み出す」
「まあ、真理だけど。……減給については、かなりの反発を生みそうだね」
「愚か者の反発など痛くも痒くもないわ」気持ちいいくらいきっぱりと言い切った。
(あんまり変わってないなあ)
彼のこういう不遜なところが微笑ましい。
万事が万事この調子では、まだ大人と呼ぶには早いかなと、少し安心もする。
成長の早い子供だから、きっとこの先も、驚く程の早さで変化してゆくだろうけど。まだ手の届く範囲内にいてほしいと思う。これは僕の我が儘かな。
「うーん。基準値以上の仕事をこなした者には、基本給の他にも特別給料を上乗せするっていう案は、悪くないと思うんだ。ただ、最低限と定めた仕事を出来ない人に対していきなり減給処分だと、どうしてもこなせない人が出てくると思うんだよね」
僕は柔らかな微笑みを浮かべて、ちょっと困ったように小首を傾げる。
特に長官は、人に求める基準値が高すぎるから、とは、心の中だけで付け足しておく。
これをそのままで採用したら、絶対反感買いまくるだろうなあ、と密かに溜息をつく。
徹底した改革には犠牲はつきもの、という意見もあるだろうが、現時点で既に慢性人手不足な財務省から、更に人材を削減しかねない改革は、正直勘弁してほしい。先日のあの書類地獄の再来は、流石にご免被る。
「使えない人材を使えるように教育しなおすのが、今回の最大の焦点な訳でしょう。なら、減給にする前に、何らかの処遇……、たとえば、再教育とか補習とか、そういうワンクッションを置いた方がいいんじゃないかな?」
「ふむ。成る程な。それはいいかもしれん」
冷めてきたお茶を、目の前でぐいーっと一気に飲み干す。毒の心配とかしないんだろうか、仮にも王族なのに。お茶を淹れたのが僕だから信用されていると取るのは自惚れか。
――――というか、猫舌だよね、この人。これもアルフォンソ殿下辺りにばれたら、きっとまた、嫌がらせのネタに使われるんだろうな。
「僕はこの案を煮詰めてみる! おまえも他に、何か考えておけ!」身軽にソファーから飛び降りて、彼は来た時同様、唐突に勢い良く帰って行った。
……本当に、落ち着きのない人だ。
そこが面白いんだけど。
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