ヒースやギーレンとの出会いから更に二年が経った頃、僕は騎士のサリア・ロッドベルトと出会った。
武術にも力を入れたいと、ヒースは騎士を紹介してもらったのだ。
そして自分だけでなく、僕にも、「精霊に守られてるだけじゃ、いざという時危なくなるかもしれない。武術もやっておいた方がいい」と、一緒になって訓練をやらせた。
僕らの訓練をつけてくれた騎士こそがサリアだったのだ。
彼は当初、僕の眼を気気味悪そうに避けていたが、ヒースに引っ張られていつも一緒に訓練をしている内に、次第に打ち解けてくれて、僕にも剣を教えてくれるようになった。
剣を習いたいと言い出した当人であるヒースは、数年で、「剣よりも杖術がいい」とサリアの教えを離れてしまったのだが、サリアはその後も僕に剣を教えてくれた。
ヒースが剣を離れるのと入れ違いに、白い巻き毛の少年が周囲を憚るようにやってきて、僕と一緒に剣の稽古をするようになっていた。
「誰にも秘密にしてほしい」とこっそり笑ったその少年に、サリアはしょうがないと言いたげに笑い返していた。
……その少年がアルフォンソ殿下だったと僕が知ったのは、十二歳の時、彼が王宮を去ってからの事。
一緒に剣を習っていた少年が兄だと、僕はずっと知らないままだった。知った時には彼はもういなくなっていた。
彼が病に罹ったのも、セレナ殿下の母上が病で亡くなられたのも、僕のせいなのか。
この色違いの瞳が、本当に不幸を招いているのか。
僕は、存在そのものが罪なのか。
…………どれだけ悩んでも、答えは出なかった。
ただ無性に何かを変えたくて、僕は軍に入った。
剣を振るいがむしゃらに体を鍛える事で、これ以上何も考えないようにしたかったのかもしれない。
結局は軍でも腫れ物扱いだったけれど、サリアは折を見て僕を気遣ってくれたし、ヒースやギーレンが僕を支えてくれた。
彼らがいたから、僕は正気を保っていられた。
そんな危うい均衡が崩れたのは、今から三、四年前くらいか。
ちょうど、ヒースが魔術師協会の総本部へ留学して国を空けていた間に、立て続けにいくつもの出来事が起こった。
ジークフリード殿下が妃を娶り。祝い事でふと気が緩んでいた頃に、それは唐突に訪れた。
病で王宮を離れていたアルフォンソ殿下の、気違い状態での突然の帰還。
その件で王宮が混乱していた隙を突くようにして、僕の剣の師匠で近衛副隊長だったサリアが、前触れもなく辺境に飛ばされた。
サリアの移転は国王直々の命令だったという。
それに付随して、僕に剣を教えていたのが王の不興を買ったのだろうという噂が流れた。
「おまえと係わった者は、皆、不幸になる」
サリアの移転に納得がいかず、陳情の為に謁見した国王陛下からは、冷然とそう告げられた。
父であるはずの相手から、初めて掛けられた言葉がそれだった。
汚物を見るような眼差しが、今も忘れられない。
サリアが赴任前に僕に残してくれたのは、一匹の小さなリスだった。
「薄情にいなくなってしまう俺と違って、このキャネリットっていう種のリスは、強い帰巣本能があって、どこにいても飼い主の居場所がわかるんです」と、教えてくれた。
そして、「こいつだけはきっと、どこにいっても、あなたの元に帰ってきますから」と。
サリアの言葉は、彼がもう戻ってこないという意思表示のように聞こえた。
それに対して何も言えず、僕は黙ってリスを受け取った。
僕のせいで近衛の任を解かれ辺境に飛ばされるという相手を前に、何をどう謝れば許されるのかわからなくて。途方に暮れて、沈黙を守った。
(どうして次々と、大切な人がいなくなってしまうんだ)
サリアまでいなくなり、僕は自分を肯定する気力がなくなった。
王宮に帰ってきたアルフォンソ殿下とも再会したが、心がまるでここにない有様に、やはりどうしていいのかわからず、戸惑うばかりで。無力感に苛まれ、人と距離を取って係わらないようにした方が、お互いの為なんじゃないかと考えるようになっていた。
――――なのに、そうやって距離を取るのが当たり前になった僕に、いきなり財務長官の補佐という役割が宛がわれた。
それを告げられた当初は呆然となった。次いで、理由を知らされて失笑した。
長官となった第五王子の石化を防げる者が他にいないなんて、なんて滑稽な理由。
(そんな理由だけで、これまでずっと忌み嫌ってきた僕を、要職につけるのか)
なんだか僕の存在自体が馬鹿馬鹿しく、愚かしく感じた。
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