「お疲れ様でした、エディアローズ殿下。こちらをお飲みください」
「ありがとうスノウ嬢。これ、薬茶なのにあまり苦くないね。結構おいしい」
「それは良かったです」
王子宮の自分の居住区に戻ってきて、エディアローズはシズヴィッドが差し出した薬茶を受け取って口に運ぶ。
エディアローズが仕事に戻ると言った時、シズヴィッドは相当怒ったのだが、「僕が行かないと、弟が無理してしまうから」と言われて撃沈し、僕を監視につけるのを条件に、渋々送り出したのだ。
弟を溺愛するシズヴィッドにとって、その一言は大打撃だったようだ。
こいつも同じ状況であれば、弟に無理をさせるくらいなら自分が無理をするという性格だ。それでは止められるはずがない。
ただ、シズヴィッドは王城には同行せずに、ここに残っていた。
王の居城まで行くとなればやはり、身分や服装やらに細かい規定があって、制限が厳しい。
僕はフリーパスで通れるが、シズヴィッドを連れていくとなれば、事前に細かい手続きが必要となる。
王城内は式典の準備でごたついていたし、僕らが財務の仕事をしている間、シズヴィッドには王子宮で昼間だけ待機させておいたのだ。
「師匠がエクスカイル殿下を叱ったと、エディアローズ殿下が眠り際まで、ずっと気にしていました」
エディアローズが寝室でシュシュとともに眠ったのを確認してから、シズヴィッドが居間に戻ってくる。
薬茶には睡眠を促す作用もあると言っていたから、エディアローズはすぐに眠りに落ちたようだ。
ようやく仕事が片付いたという安心感もあるだろう。
「僕は、正しいと思った事しか言っていない」
シズヴィッドが僕の返答に苦笑しながら、新たに二人分の紅茶を淹れる。
カップを一つこちらに差し出してきたので、それを受け取る。
「それでも、エディアローズ殿下が気に病む程度には、厳しい物言いだったようですが」
「……」
淡々とした口調で諭されると、沈黙するしかなくなる。これでは先程のエクスカイルと同じだ。
僕は正しいと思った事を口にしただけだったが、今思えば、大人げなかったのも確かだ。
実際、他の財務官は、異能の長官副官に怯えるばかりで、まともに仕事をしないらしい。それが子供の目に歯痒く映るのは当然だ。
部下の指導も、本来なら年長者の副官であるエディアローズが受け持つべき事柄だ。それをエクスカイルに押し付けるのは酷だった。
ただ、エディアローズはエクスカイル以上に周囲から避けられているので、それを行うのは到底不可能なのだが……。
(つまるところ僕は、友人を庇うあまり、エクスカイルに多くを求めすぎてしまったのか)
自覚と同時に、知らず溜息が零れる。
「エクスカイル殿下は兄君が倒れた後、ゆっくり休むように言い置いたのでしょう? そしてその分まで、ご自分が無理をされたとか。
エクスカイル殿下は殿下なりに、兄君を気遣っておられると思います」
「そうだな。……あれは、僕が言いすぎた」
シズヴィッドは責めるような言い方はせず、静かな声音で話を続ける。その声を聞いている内に僕も落ち着いてきて、素直に失態を認められた。
「エディアローズ殿下が熱を押して無理をするので、師匠も心配したのですよね」
「だが、あれも充分無茶をしていた。そこに追い討ちをかける必要はなかった」
冷静になってみれば、見えていなかったものも見えてくる。
自覚していなかっただけで、僕も疲労を溜めていたのかもしれない。きつい言葉を言いすぎた。
「後で一緒に謝りに行きましょうか」
柔らかく微笑むシズヴィッドの態度は、人を子供扱いしているようで腹が立つ。
事実、子供っぽい言動をしてしまった自覚があっても、年下の女からこんなふうに言われると、どうしようもなく居心地が悪くなる。
「子供扱いするな。謝罪くらい一人で行ける」
「そんなつもりはなかったのですが。……申し訳ありません」
謝りながらもくすくすと笑うシズヴィッドを、とりあえず睨んでおく。
どうも、今日はとことん子供扱いされているような気がしてならない。
案外こいつは、溺愛する本物の弟相手には、いつもこんな感じなのかもしれない。
……新しい年が明けて、王城では今頃、盛大な式典が開かれている真っ最中だ。
けれどここはとても静かで、時間の流れが穏やかに感じられた。
本来シズヴィッドは年始は休みの予定だったのだが、エディアローズを心配して、毎日ここに通っている。
その分、後でゆっくりと休暇を取らせなければ。
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