無条件で私を助けて親切にしてくれたイードとファーシアは、とてもいい人達だった。
巫女のコーセルさんもいい人だった。勢い良すぎるからって、内心で疑ってしまって申し訳ない事をした。
コーセルさんは、私が女だからと番を交替した神官さんにも、後できちんと口止めしておいてくれたというのだ。(私はうっかりその人の存在を忘れて、口止めをしていなかった)
彼らは本当に、心からいい人達である。
まあ、単にあの人達が例外なのだろう。クロス教官は、ごく普通の人だ。
普通の人だから、私を助けてくれるのは無償ではない。でも、だからといって悪い人でもない。
「君には、弟の周りに注意してほしいんです」
「私に出来る範囲で、力の限り」
クロス教官には、学長経由で秘密を打ち明けた。
担当教官である彼には、私のフォローだけでなく、通常の授業時間外に、この世界の常識を習う予定だ。
だがそれで、教官に時間外手当てがつくとかそういうボーナスはないらしい。
つまり、貧乏くじ。私のせいで迷惑を掛けまくっている。
だからなのか、クロス教官は学長には内密に、こっそりと、私に一つの条件をつけてきたのだ。
……彼には別に、私の秘密を守るメリットなどない。
なのにこちらの勝手な事情で巻き込んで、その上フォローまで頼んだのだから、代わりに私に出来る事があるなら、する。
これは取引だ。
「弟は、兄の私の目から見てもとても美しい容姿をしていて心配なんです。冒険者志望の子の中には、乱暴な子もいます。
本当は寄宿舎に入るのも反対なんですが、彼には自分が特別綺麗だという自覚がなくて、「寮で友達を作るんだ」とはりきっていて、結局、止められませんでした。
貴方と弟が同室になるように裏から手を回しますから、彼に危険がないよう、よく見ていてください。
あと、寄宿舎だけでなく学校でも、私の目の届かない所では出来るだけ一緒に行動して、彼を一人にしないようにお願いします」
「わかりました」
私は素直に頷いておく。
過保護だとかブラコンだとかは思うけれど、可愛い弟を持つ兄とは、こんなものなのかもしれない。私には兄や姉はいなかったから、よくわからない。
「弟には、君が異世界人でわからない事だらけなので、一緒に行動して手助けをしてやってほしいと頼んであります」
「うまい言い訳ですね」
「実際、君はわからない事だらけでしょう。フォローしてくれる友人が傍にいるというのは、悪い条件ではないはずです」
「そうですね。助かります」
これが持ちつ持たれつというヤツだろう。相互補助。確かに悪い条件ではない。
ただ、弟くんには、私が兄からの頼みで彼と行動しているのだと黙っているだけだ。
多少後ろめたいが、問題はない。目立つ容姿をしていながら危機感皆無で無自覚な本人の責任だ。
……もしかしたら、兄の欲目で特別綺麗に見えるだけで、普通の子なのかもしれないが。
「あんたが異世界から落ちてきたってヤツか? よろしくな、俺はクローツ・ガートレーンだ」
「…………ああ、はじめまして。キーセ・イースルーガです」
「あんたのが年上だろ。敬語なんか使う必要ないって」
「じゃあ、そうする」
(ごめんなさい。兄馬鹿とか過保護とか思ってごめんなさい。この人本当に綺麗です天使ですキラキラです。寧ろ女神です。男の子なのに女神の如き美しさです)
表面だけは無表情を取り繕いつつも、私は内心でかなり激しく動揺していた。
(なんかもう、次元が違う)
自分も『理想の泉』に浸かって、髪や肌が前より綺麗になったとかスタイルがよくなったとか顔が少しは整ったとか自画自賛していたけれど、この子はそんなレベルではない。
月光を集めたような金糸の髪に、朝焼けの空のような澄んだ青紫の瞳、どんな陶器より繊細で滑らかな白い肌。
どんな名人の手による傑作の人形より、絶対綺麗だ。
というか、美しすぎて直視できない。
……考えてみれば、この世界の人々は全員、一生に一度は『理想の泉』に浸かる訳で。そこで多少は容姿が整うのだから、整った後の私のレベルで、ようやく平均的なのだ。
生まれつき、飛びぬけて美しい人とは、まるで格が違う。違い過ぎる。
(これはクロス教官が過剰に心配するのもわかる。過剰ではなく、妥当だ)
綺麗すぎる存在というのは、ある意味罪だ。まあ、慣れればきっと目の保養だが。
しかし今はまだ、目の保養と言えるような余裕はない。
「おんなじ学校入るんだし、遠慮しないで何でも聞いていいからな」
「そ、そうさせてもらう」
ちょっと乱暴な口調までもが、果てしなく可愛く思える。私が女のままだったなら…と一瞬だけ考えて、すぐにこの子が高嶺の花すぎて、とても釣り合わないと思い直す。
まあ、私は外見17、実年齢19の大人だ。
比べてこの子は、見た目も中身もようやく14歳になったばかり。年齢差もある。
こんな絶世の美形とお近づきになれたのだって、彼の兄が私の弱みを握ってるから、他の男よりは危険がないと判断した結果だし。
余計な欲は身を滅ぼす。ここはおとなしく、彼の良き友人役を務めよう。
……そもそも、私は男性と女性のどちらに恋愛感情を抱くべきなのかも、決めかねている。
人の趣味嗜好に口出しする気はないが、自分で同性愛という高い壁を乗り越える気にはならない。
男女どちらも、ある意味では同性と思える現在、恋愛なんて考えるだけ無駄だ。開き直って棚上げしてある。
ともあれ今は恋愛より生活だ。半年の間にきちんと自活できるようにならないと、頼る人のいない私は、この世界で生きていけない。
そっちの方がよほど重要だ。
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