買い物を終えた後、クローツを家に送ってから、私はクロス教官と養成学校へ戻った。
夜、食事と皿洗いを済ませて、人の少ない時を見計らってお風呂に入る。
本当は長風呂が好きなのだが、私はまだ、男性の裸を見るのにも、見られるのにも慣れておらず、長湯するような余裕はなく、挙動不審にならないよう気をつけるので精一杯だ。
養成学校は4ヶ月に一度、新入生を募集しており、4ヶ月の基礎コースと、半年(8ヶ月)の応用コースの二種類を用意している。
この時期、基礎コースの生徒は卒業したが、応用コースで寮暮らししている生徒は寄宿舎に残っている。なので人数は普段の半分程度しかいないらしい。
だからなのか、私がいる4人部屋も、他はまだ埋まっていない。教官の手回しで同室になるはずのクローツが寄宿舎入りするのも、もうしばらく先の話だ。
私は基礎コースだけ受けるつもりだ。
まったくの初心者が基礎だけとは心許無いが、もし支給金が出る半年すべてを費やして、学費の借金を抱えた挙句に冒険者になれなかった……なんて事になっては悲惨すぎる。
なので基礎コースを卒業したらすぐ、冒険者資格試験を受ける予定だ。
それでもし受からなかったら、残りの期間を学校で訓練に当てるか、或いはアルバイトでもしつつ独自に訓練して再試験を目指すか、改めて考えればいい。
資格試験は戦闘能力が最低限に達しているか確認する為のものなので、養成学校で基礎を習えば大抵の人は受かるというし、多分大丈夫だろう。
その後、低レベルの魔物相手に実戦経験を重ねつつ、お金も稼げれば理想的だ。
二段ベッドに潜りこむと、すぐに眠気が襲ってくる。
今日も疲れた。
――――夢を見た。
それは、幼い頃の記憶。元の世界の思い出。
帰る必要など微塵も感じていないのに、人の深層心理とは、そう単純ではないらしい。
未練なんてない。
戻れなくて構わない。……戻りたく、ないのに。
そう思っているのに、どうしてこんな夢を見るのか。
それも、実の両親が仲睦まじかった頃の、幸せの残滓を。
元の世界に戻っても決して得られぬ、失われた日々でしかないのに。
目が覚めて息が詰まり、枕元に置いておいた水筒の水を飲む。
頭を振って夢を追い払う。自分の心の弱さを見せつけられた気がして嫌だった。
世界に独りきりであるのを心細いと思う程、人のあたたかさに触れて育ってきた訳でもないのに。
また、目を閉じる。
眠気はじきにやってきた。
今度は魔物に襲われる夢を見て、冷や汗を掻いて飛び起きた。
勢い余って、頭が二段ベッドの天井にぶつかって、地味に痛かった。……下の段にしたのは失敗だったろうか。
外はまだ暗闇で、朝になるまではかなりありそうだ。
いずれ戦うはずの魔物への怯えが、夢になって現れたのか。まだ実物を見た事もないのに。
(なにも、勇者になって魔王を倒してくれとか、無茶な召喚ものでもあるまいし)
自分で自分に溜息をつく。
私は自分で冒険に憧れて、自分の意志で冒険者を目指す事にしたのだ。
これからだって無理だと思えばいくらでも、別の生き方を選択出来る。
わかっているのにどうして、夢に見る程怯えてしまうのか。
他人に強要された道なら反発しただろう。他人の為に命を捨てるようなお人好しにはなれないし、なりたくもない。
冒険者になりたいのは、あくまで自分の為だ。
それでもし死んだとしても、自分で選んだ結果なら諦めがつく。
そう割り切って希望したのに。
……私は自分で思っていたより現状に混乱し、緊張して不安になっているのだと自覚した。
まあ、それも仕方ないかと、諦めと共に、自分の弱さを受け入れる。
新しい世界に、新しい自分に、少しずつ慣れていけばいい。
何もかも始まったばかり。まだこれからなのだから。
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