授業一日目。
学校といってもそこは冒険者養成学校。普通に机に向かって授業を受ける時間など皆無に等しく、班分けによって小人数(5~6人程度)に振り分けられて、そこで担当の教官から個別指導を受けつつ、パーティ形式で実践、いずれは魔物との実戦でもって、冒険者たるべく鍛えられていく訳だ。
初日だから、まずは班別に分かれて自己紹介をする所から始まった。
担当官はパム女史。厳格そうな雰囲気の大人の女性だ。
この人が、クロス教官の不正を糾弾して我が班の担当官を交替した人だ。本来なら教官と呼ぶべきなのだが、クロス教官が女史と言っていたから、私の中の呼称も女史で定着してしまった。
班の内訳は、男3名と女2名。
男より数は少ないが、女でも冒険者を目指す人は結構いる。私も、もし『理想の泉』で性別が変わらなかったとしても、やはり冒険者を志望していただろう。
この世界は、魔物退治が必要な職業として成り立っており、地盤が整っている。優遇制度もあるので、やる気さえあれば案外何とかなるのだ。
私を最初に拾ってくれたファーシアだって、恋人と組んでとはいえ、立派に冒険をしていた。
班の男の内2名は、私とクローツだ。
そして、班内で最年長という理由で、私が班長を務める事になってしまった。
……私は、この世界の常識などまだまだ知らない事の方が多い異世界人なのだが。
色々と不安だが、担当官であるパム女史から指名されては仕方がない。頑張るしかないだろう。
副班長として選ばれたのは、16歳のフィッティヒ・ジェダロンナ。
清楚で可憐な雰囲気の女の子だ。いくら服装指定がないとはいえ、動きやすいシンプルな格好をした周りに反して、ロングスカートの凝ったドレス姿でいるので、一人だけとても浮いている。
彼女のフィッティヒという名はかなり発音しづらいので、フィーと呼ぶ事になった。
桜色の髪で檸檬色の瞳をしたふんわり系の美少女だが、ペットとして連れ歩いている羽のついた小蜥蜴に「非常食25号」という名前を付けているのが発覚して、メンバー全員の度肝を抜いた。
「つまり25号以前のペットを非常食として喰ってきたのか!?」
「うふふ、おいしく頂きましたわ」
「ひえぇ」
常識では測れない性格の女の子だというのだけは、よくわかった。
もう一人の女の子、ミルカ・コーディフは、勝気そうな性格の子だ。赤茶のショートカットの髪に、薄茶色の瞳をしている。
自己紹介は笑顔で普通にこなしたが、後で「なんでこんなイロモノばっかの班に振り分けられたのかしら」と小声で愚痴をこぼしていた。どうやらこの班編成が不服らしい。
しかも、その愚痴を私が偶然聞いてしまった事に気づかれて、お互い一瞬動きが止まった。焦って作り笑いで誤魔化したが、双方が気まずい思いをした。
……まあ、班長の私は異世界人だし、副班長のフィーはペットを非常食にするような非常識少女だし、不安になる気持ちもわからないでもないが。
最後の一人は気取り屋の男の子。名はコリン・ビネガー。
きっちり整えた赤い髪に深緑色の瞳をしていて、丸眼鏡を使用。鼻にうっすらソバカスが浮いている、幼い印象を受ける容姿の持ち主だ。
彼は、「はははレディー達、僕と同じ班になったからには大船に乗ったような気でいてくれたまえ」と気障ったらしいポーズで宣言した直後にそっくり返りすぎてコケるという、ギャグそのものの行動を取った。しかもコケた際に「うぎょうおぉ!?」と奇妙な悲鳴を上げた。
(お笑い芸人?)
……無理に二枚目を演じる三枚目の道化といった感じで、私はつい、「エセ貴公子?」と率直な感想を口に出してしまい、クローツから「確かに、なんちゃって貴公子って感じだーー!」と大爆笑で同意され、当人の気分を害してしまった。
但し、全員が似たような感想を持っていたらしく、無駄口に厳しいパム女史まで、私達の会話にこっそり苦笑していた。
初対面の者同士で結構緊張していたが、彼の言動が齎す笑いに、多少はぎこちなさが拭われた。そういった意味では、コリンはムードメーカー(あるいはマスコットキャラ?)かもしれない。
ちなみに私とフィー以外は全員、小学校を卒業したばかりの14歳だ。
ただ、ミルカもコリンも別の街からこの学校に入ったので、クローツと同じ学校の出身ではない。
また、班メンバーの内、フィーだけは寄宿舎に入っておらず、下宿先の食堂から学校に通学しているそうだ。
各々の自己紹介を終えた後、それぞれの戦闘スタイルに話が至り、この班ではクローツとフィーの二人のみ、武術の心得があるとわかった。
クローツは現役教官である兄に幼い頃から護身術を習ってきており、フィーの方は父親から、小学校に入る前と卒業した後に、武器の使い方を習ったそうだ。
彼らはそれぞれ自分専用の武器を持っており、既に独自の戦闘スタイルを確立している。
私達はまず二人の模擬戦を見学した。
得物はクローツが双剣で、フィーが組み立て式の長戦斧。
……ドレス姿に長戦斧って、すごい違和感のある組み合わせだ。
クローツが双剣を扱う姿は、美貌も相俟って、素晴らしく格好いい。
フィーは戦闘時でもお嬢さまのようなドレス姿のままなので、激しい動きをする度にスカートの裾が翻り、近くにいた他の班の男連中からも、熱い視線を浴びていた。
私は白い素足のチラリズムの魅力よりも、太ももに装備しているらしい隠し武器の存在の方が気になって仕方なかったんだけど。女性の身体があまり気にならないのは、私が心から男になりきっていないからなんだろう。
(ってか、二人とも強いな)
クローツの用心棒のアルバイトとか引き受けなくて、本当に良かった。
そりゃあ正直お金は欲しいが、これでは私がクローツの足を引っ張るだけだ。あの弟溺愛の兄は、自分で教え込んだ弟の戦闘力をわかっていないのか、わかっていて尚心配なのか。
どちらにしろ、殴り合いの喧嘩の経験すらない私の方が、クローツよりよっぽど余裕がないって事に気づいてほしい。
私だけでなくミルカもコリンも戦闘経験はないと言っていたので、そこだけはホッとした。
普通に街中で暮らす小学校卒業したばかりの子供達が、揃って戦い慣れしていたら、私はここでやっていける自信がなくなっていたかもしれない。
模擬戦の結果は、一日の長か、副班長のフィーの勝利で終わった。
そんなハイレベルな二人を余所に、戦闘経験皆無の私達三人は、パム女史のアドバイスと自分の希望を考慮しながら、まずは、学校の貸し出し用の備品の中から自分に合った武器を探すという、地道なスタートを切った。
←back 「我が道だけを行く冒険記」 目次へ next→PR