「精霊たちを引き剥がす理由を聞かせてくれるかい?」
僕は落ち着く為に紅茶のカップを傾けて、喉を湿らせる。
この師弟が精霊を追い払い、僕に危害を加えようとしているなんて可能性は、考える必要がない。僕はこれでも、ヒースを友人として信頼しているから。
それでも理由に納得いかなければ、実行されるのに抵抗が残る。
僕は、彼らがまるで「居ない」状態を、多分これまで一度も知らない。
「今回の実験の目的は、精霊と色違いの瞳に、何らかの関連性があるのかどうかを調べる事にあります。
精霊はその性質上、特定の何かを守ろうと動く事はあっても、必要以上に命を傷つける事は好みません。ましてや、守る対象にとって大切な存在を傷つけるなんて、常識ではありえません。仮に伝承が真実であったとしても、その原因が精霊にあるとは考えにくいのです」
それは僕も同感だったので、スノウ嬢の説明に黙って頷く。
ずっと身近で守られてきたからこそ、僕は彼らの優しさを、誰よりも知っている。不幸を招く原因が彼らにあるなんて、到底思えない。
「では、『不幸を招く』と伝えられてきた原因は、一体どこにあるのか?
精霊が原因とは思いにくい。……ならば精霊が原因ではないと仮定してみる。すると、今度は何故、おまえの周りにばかり精霊が異常に集まってくるのかが疑問になる。
他にもその瞳を持つ者がいれば比較検証ができるのだが、生憎とそういった情報は入ってきていない」
淡々とした口調でヒースが続ける。
彼の言う通り、少なくとも国内には、僕以外に色違いの瞳の持ち主がいるという情報はない。
そして国外でも、今のところ、そういった話は聞かない。
生まれてはいるのかもしれないが、伝承を怖れた親によって内密に捨てられてしまっていて、表沙汰になっていないのだろう。
そう考えると、この瞳を持ちながらこうして生きていられるだけで、僕は充分幸運だ。
「何事も、書物で調べるばかりでは限度があります。そこで私たちは、他に比較できる対象がいない以上は、殿下からありとあらゆる実験に協力していただいて、詳細なデータを取るしかないという結論に至りました」
「……そうなんだ」
悪びれのない笑顔で言い切られ、僕は苦笑するしかなかった。
データの為なら極寒にでも灼熱にでも行ってこいとでも言いたげな、クールで素敵な微笑みは、ある意味ヒースの無表情よりタチが悪い。
スノウ嬢は、思った以上につわもののようだ。
「詳細なデータを取る為には、いつもと違う状況を作り出す必要がある。その一環として、いつもおまえの周囲に群がっているのが当然となっている精霊たちを引き剥がした状態のデータを取ってみたいという話になった。
……これで納得がいったか?」
ヒースに問われ、「とりあえず、理由には納得した」と返す。
こうして実際に僕に話を切り出す前に、彼らだけで何度も議論を交わしていたのだろう。二人の説明は明確でよどみなかった。
それにしても、僕を見る二人の視線が徐々に、実験対象に向ける研究者のそれにすり替わってきているような気がするんだけど、これはどうしたものだろう。
ヒースが研究にのめり込むタイプなのは知っていたけど、どうやらスノウ嬢もまた、同じタイプであるらしい。
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