窓際に置かれた白い花は、毒にも薬にもならない品種の、可憐な花だった。それは本当に、お見舞いと嫌がらせの意図しか感じられない。
グリンローザの第二王子は、巷では「凶王子」という不名誉な呼び名で知られている。
幼い頃はそれはそれは聡明な王子だったというが、十二歳の時に難病に罹り、それからずっと人目を避けてどこかでひっそり療養していたという。
十年後、病が治り王宮に戻ってきたが、その時には既に頭の中身がおかしくなっていて、親兄弟に嫌がらせばかりして、気違いな言動をするようになっていたという。
そればかりか、この国で特に嫌われる黒魔術に傾倒し、日常で黒魔術を使っては周りを怯えさせていると。
廃嫡にはされていないが、気違いの凶王子が次の王に指名される可能性はないと噂されている。以前がなまじ聡明だっただけに、未だに一部の貴族からは彼を惜しむ声もあるというが、国民に広く噂される程に狂った言動をする第二王子が、次の王になる事はないだろう。
(そういえば、エディアローズ殿下も不吉王子と怖れられているから、次の王に指名される可能性はないのよね)
六人も王子がいるとはいえ、第二、第三王子を抜いて考えれば、残りは四人だ。その内のどなたが次の王になるのか、私には予想もつかない。所詮自分のような下級貴族には、政治の中枢とは関わりがない。
誰が王になっても、王の仕事をこなせるだけの力量を持ち、エディアローズ殿下のお立場が悪くならなければそれでいいと、そう思うくらいだ。
「……ごめん、ヒース。仕事が忙しいからって無理をして、結局は君にも周りにも、迷惑をかけてしまった」
「気にするな。今は養生する事だけを考えろ」
続き部屋の向こうで、小さく、エディアローズ殿下の掠れた声が聞こえた。師匠が根気良く白魔術で治癒し続けたおかげで、ようやく意識が戻ったようだ。
(良かった)
私はカリクさんが持たせてくれた果物の中から、白桃のシロップ漬けと、林檎を取り出す。林檎は摩り下ろして、桃はお皿に移して、さっき調剤した薬と一緒に寝室へ持っていく。
「エディアローズ殿下、意識が戻られて何よりです」
「スノウ嬢も来てくれてたんだ、ありがとう」
寝台の上に横になったまま、エディアローズ殿下がこちらに笑い掛けてくる。
柔らかく微笑んではいるけれど、調子はまだまだ悪そうだ。
「私でお役に立てるなら、喜んで馳せ参じますとも。解熱剤を飲んでいただきたいので、先に果物を少しでもお召し上がりください。……食べられそうですか?」
「ん、そうだね。少しだけなら」
師匠に手を貸され、半身を起き上がらせ、ゆっくりと白桃のシロップ漬けを口に含む。
たくさんの精霊たちが心配そうに殿下を囲んでいる。
彼らの中には、治癒や回復を得意とする種族もいる。それでも倒れたという事は、彼らが回復した端からすぐ無理を重ねていったという事に他ならない。
「精霊の加護の限界を超えるまで無理をなさるなんて、いくらなんでも無茶が過ぎます。全快されるまでは安静にしていてもらいますからね」
「え、今の時期にそれは」
「エディアローズ」「殿下」
慌てたように声を上げる殿下の様子に、私と師匠の牽制の声が重なった。二人揃って半眼で睨むと、流石にそれ以上の抗議せずに、おとなしく果物を食べるのを再開する。
「いくら軍務と財務の兼任でお忙しいとはいえ、これ以上の無理は絶対駄目です」
「軍務の方は、要職についてる訳じゃないから、訓練に出なくても問題ないんだけど、今、財務省の方で年末業務が積み重なってて……」
まだ未練がましい目をしている。
ヒース師匠はそれに呆れ果てた溜息をついて、言葉での説得は、諦めたようだ。
その代わり、私に向かって決定事項を通達する。
「シズヴィッド、後で僕の屋敷から着替えを持ってこい。おまえは夜間は帰っていいが、昼間は交替でこの馬鹿を見張るぞ」
完治するまでは強制的に寝台に縛り付けておくと、師匠の据わった目が雄弁に語っていた。
私は勿論頷いた。
「そうですね、殿下の見張りと看病を兼ねて、師匠はこちらに泊まられるのが良いでしょう。私はルルも心配ですので夜間は師匠にお任せしますが、昼間はこちらでお手伝いしますね」
「ええ!?」
(心底驚かれてますが、殿下。今回ばかりは、貴方の自業自得です)
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