「運命の人なんていないと思うな。ユエは夢見がちすぎるんだよ」
幼児姿を好んで使う腹違いの兄が、したり顔でそう言った。
「どこかに絶対いるわ。きっと見つけてみせるんだから」
わたしは唇を尖らせて反論する。
わたしたちが住む魔界は、人間界の常識が当て嵌まらない、多夫多妻が当たり前な世界。だからどんなに素敵な人を見つけても、独り占めなんてありえないの。
わたしは魔界で恋をするのは不毛だと諦めて、人間界へ行く為に、長い洞窟を抜けようとしてる。
腹違いの兄のアズリに屋敷を抜け出すところを見つかって、何故か一緒についてこられたのは計算違いだったけど、止められるよりはマシね。
兄は金色の巻き毛に翡翠色の瞳の、外見五歳くらいの美少年だ。わたしよりずっと年上だけど、いつも好んで幼児姿をしている。
地上に行ったら兄を「にいさま」なんて呼んじゃいけない。アズって愛称で呼ばなければ怪しまれてしまう。気をつけないと。
元々わたしは、父は魔界公爵だけど母は人間だ。
母が死ぬまでわたしは父を知らず、母と人間界でひっそり暮らしてた。
十三歳の時、一人になって困っていたら、父の配下がわたしを迎えにやって、そうして自分の父が魔族だと、ようやく知った訳ね。
魔界は恐ろしい世界だと聞いてたから父に引き取られるのは恐かったけど、他に引き取ってくれる人もなく、自分で生活もできる力もなかったから、仕方なく魔界へ行った。
ただ、恐々と連れていかれた魔界は、思ったよりずっと待遇が良くて、人間界より暮らしやすかった。
ただ一つ、一対一の恋ができないという点を除いては。
「ねえアズ。わたし、王子さまと恋をしてみたい」
「無理だよユエ。人間界でだって、王族は大抵一夫多妻じゃないか。それじゃ結局魔界と変わらないんだから」
「もう、アズってば夢がないわ。せっかく人間界に恋をしにいくのよ。どうせなら高望みしたいじゃない」
「王族なら魔界にも腐る程いるじゃないか。この僕でさえ王族の血を引いてるくらいだし」
わたしがふくれても、アズはしたり顔を崩さない。引き止めなかったからそのまま出てきたけれど、実はわたしを魔界に戻したいのかもしれない。
兄は本人の言う通り、母方から王族の血を引いている。
でも、魔界では王族の数は数え切れないくらいいて、希少価値はあまりない。わたしが夢見る「王子さま」と魔界の「王族」との間には、決定的な差があるの。
「アズ、わたしはわたしをたった一人の妻にしてくれる、素敵な王子さまがほしいのよ」
「そんなの、理想郷にでも行かなければ存在しないって」
肩を竦めて呆れてみせるアズ(見た目幼児)にも、これで既に三人の妻がいる。だけどわたしは魔界公爵の娘でも、半分は人間で人間界育ちなものだから、どうしても多夫多妻には馴染めないでいた。
「とにかく、わたしは人間界に、恋をしに行くの!」
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