「何故」
「いいから言われた通りサインしろ。僕は最早、利き腕でない左手までろくに動かせんのだ」
「無茶」
「うるさい」
無口で無愛想な末弟の第六王子に、口頭で指示を出す。
無理を押して仕事していたら、なんと本当に腕が動かない状態になってしまった。
それで苦渋の策で、正式には宮廷魔術師であるが一応は財務官の資格も持つ末弟に、代理署名をさせている。
末弟は、幼いながらも腕の良い宮廷魔術師だが、魔術関連以外は単語でしか喋らない、無口すぎる生物である。
意志の疎通ができんから僕はこれが苦手なのだが、不吉眼が倒れ、僕自身も手が動かなくなった今、代理署名をさせられる人材が他にいなかったのだからこの際仕方がない。
他の無能兄弟どもは資格がないから駄目だ。
財務官の資格は、大学できちんと取得しなければならないのだ。僕は飛び級で取得したが、兄弟でこの資格を取得しているのは、僕の他には、不吉眼と無口と気違いだけだ。
資格だけは持っていても気違いは論外だし、他は代理署名もさせられない。消去法でいくと、この無口な末弟以外には任せられるのがいなくなる。
一度、療養を命じた不吉眼が無理に仕事に戻ろうとしたので、僕はヒースを呼び出して、ヤツを王子宮に連行させた。
高熱の病人にまで仕事をさせる気はない。僕は鬼じゃないのだ。
「鬼」「うるさいわ!
妙な部分だけ以心伝心で心を読むな!」
現在僕は執務室のソファーの上で、毛布に包まった状態で、末弟に指示を出している。
ちなみに不吉眼の飼っている小動物も、一緒に毛布に包まっている。そうして押さえていた方が、書類への被害が出ないからだ。
両手がろくに使えなくなったせいで、腹立たしい事に、僕は日常生活すら覚束ない有様だ。この書類の山が終わったら、思う存分有給休暇を取りまくってやる。誰が何と言おうと絶対
有給だ。これは譲れない。
あと、慰謝料も請求してやる。
この書類の山を作った連中、覚えてろ。僕は恨みを忘れない。「石」
「……が、…だ」
(誰が石だ)
いかん。段々と意識が朦朧としてきた。
まだ書類は山とある。これを終えるまでは、僕が倒れる訳にはいかないというのに。
「年端も行かぬ子供が無茶をするではないわ」
ナルシストで高慢ちきな第二王女が僕を叱りに来たが、僕はガンとして執務室から動かなかった。
「いい加減に休め、エクスカイル!」
うるさいだけの馬鹿長兄は、当然の如く無視しておいた。
「馬鹿じゃないの」
眉を顰めて、陰気な第三王女が口を尖らせる。これも無視した。手伝える権限がないなら放っておけ。
役に立たない愚者はいらない。「えくす~~~」
シクシクと鬱陶しく泣きながら僕を治療する臆病者は、辛うじて動く左手で
一発殴っておいた。
……不吉眼はまだ戻ってこない。
今日も僕は茶色い小動物を抱えて、書類の山と格闘する。
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