三年前、大量の財務官を処罰したせいで、財務省は他に比べ慢性的な人手不足だ。
僕に石化されるのを怖れ、不吉眼の伝承を怖れるせいで、中々新しい人材が入ってこないのも、人手不足に拍車をかけている。
別に、財務官の多くが処罰されるきっかけを作った事自体は後悔していない。
悪事を働いた連中が悪いのだ。けれど、国務を滞らせる訳にはいかない。
僕は、人材不足を補うだけの仕事をしないといけない。
それに、不吉眼が倒れたのも、そんなになるまで気づけなかったのも、上司としての僕の責任だ。
最近、無理をしているような気はしていたのに、年末業務の忙しさにかまけて放っておいたら、何でもないふりしていて、いきなり倒れた。
「無理しすぎだよ、長官」
「ふん。先に過労で倒れた軟弱者の台詞とは思えんな」
「ごめんね」
過労で倒れてから四日経って、不吉眼が執務室にやってきた。それと同時に、その顔を見て、末弟以外の連中がさっさと散っていった。
白魔術で僕の治療をしていた臆病者など、
「ごめんなさい~~~~っ」と叫んで、不吉眼の顔を見るなり全速力で走って逃げようとして、途中でつまずいて盛大に転んでいた。
滑稽すぎる。「熱は下がったのか?」
「大体はね」
「……大体?」
僕が胡乱な目を向けると、不吉眼に付き添ってきた魔術師ヒースが、「仕方がない」と溜息をついた。
「何が仕方ないんだ」
「おまえが無理をしているといって、エディアローズが聞かない」
「ねえ長官。もう少し、僕に寄り掛かってよ」
不吉眼が、毛布に包まった僕の頭をそっと撫でる。
普段なら、そんな事は絶対にしないのに。自分から触れる事を極端に避けてばかりだったくせに、一体どんな心境の変化だ。
熱で頭までやられたか。「シュシュ、長官の傍についててくれてありがとう」
僕の毛布の中で丸まっている小動物に、不吉眼が柔らかく笑いかける。
「こいつは書類の山を崩したぞ」
「だけど、この子はあたたかかったでしょう」
「ふん」
無性に腹が立ってそっぽを向いた。
これまでずっとそういうあたたかさを、この小動物にしか求めなかったのだ、こいつは。
「キーリ殿下も、長官を手伝ってくれてありがとう」
兄弟の中で一人だけこの場に残って黙々と机に向かう末弟にも、不吉眼が笑いかける。
無口で無愛想な末弟は無言で頷き、そのまま何事もなかったようにサインを続けた。
こいつは不吉眼を避けるでもなく、懐くでもなく、他の兄弟に対するのとまったく同じ態度を取っている。
こいつは誰に対してもそうだ。
国王であり親である相手に対してさえこんなだ。(僕も、人の事は言えないが)
だが、不吉眼は自分を避けない末弟に対してさえ、「殿下」という敬称を外さない。
こいつはどの兄弟に対しても、殿下とか長官とか敬称をつけて、決して呼び捨てにしないのだ。
ヒースの事は呼び捨てにするクセに。それは、一定の距離を踏み込ませない為の、目に見えない防御壁だ。
避けられるのに慣れすぎて、人と距離を置く事で精神の安寧を計る不吉眼は、とても愚かだと思う。
そういう態度を取らせる周囲の方が、より愚かなのは確かだが。
……本当に皆、どうしようもなく愚かだ。
僕以外は。←back 「明日、花が咲くように」 目次へ next→ 「十一章」ネット小説ランキング>【異世界FTコミカル/異世界FTシリアス】部門>明日、花が咲くようにに投票ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(週1回)
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