「何故、一度会っただけの相手にそのような事を誓える?」
ひとしきり笑った後、アルフォンソ殿下は確認するように私に問う。
確かに、私と彼の接点は一度きり。それで忠誠を誓われても、唐突すぎて受け入れ難いものだろう。逆にどこかからの密偵と疑われても仕方ない。
けれど私にとっては、そのたった一度の出会いが、人生の転機だった。
自分の性質が魔術師に向いてないとわかっていながら、それでも諦めずに頑張ってきたのは、見知らぬ子供たちの背中を命懸けで守ってくれた彼の姿が焼きついていたからだ。
「それは、あの時助けてくれた人に、恩を感じているからです。ずっとその人のような魔術師になりたいと願って、これまで努力してきました。
……そして貴方が、嫌がらせの名目でも、ご兄弟の中でただ一人だけエディアローズ殿下を気にかけてくださったから」
凶王子の噂と恩人の思い出は、印象がまるで違った。けれど同じ人だと繋がってから考えてみれば、彼の本質は、昔と変わっていないように思えた。
さっき勢いのままに握った手が、とても冷たかった。いくら日中でもこの時期に長時間外にいれば、寒いに決まってる。
エディアローズ殿下に曲が聴こえる場所で竪琴を奏でる為だけに、彼はこんな冷えるまで外にいた。嫌がらせをしたいだけなら、もっと他に方法があるだろうに。
藁人形が持ってくるお見舞いの品だけが、私と師匠以外で唯一、寝込まれているエディアローズ殿下を気遣う心に見えた。
孤独の影が深いあの部屋では、鉢植えの花がとてもあたたかく、優しく感じた。
「貴方の嫌がらせは、害のないいたずら。本当は相手を思っているのに、それを表に出さないように、嫌がらせという形で気遣っているように感じました」
実際、アルフォンソ殿下の嫌がらせは、被害という程の被害が出ていない。
先程まで奏でていた曲の選別を少し不快に思ったけれど、それも、嫌がらせという形を取らなければ、こうして弟君の近くまで様子を見にこれない事情が彼にあるのだと、今ならば思い当たった。
「ですからあれは、貴方なりのコミュニケーションの手段なのかと思いまして」
「随分斬新な意見だな」
非常に複雑な表情になるアルフォンソ殿下に、私は晴れ晴れと笑いかけた。
「本当にお嫌いなら、無関心を貫けばいいのでは? 嫌がらせをしたいと思う程度には、興味がおありになるのでしょう」
「興味、か……。そなたは中々面白いな」
しばし考え込んで、アルフォンソ殿下はやがてゆっくりと頷いた。そして、座っていた地面から立ち上がる瞬間に、耳元に小声で囁かれる。
「いいだろう。そなたにはいずれ、私の元で働いてもらおう」
「ありがとうございます。お役に立てるよう精進いたします」
私もまた小声で返し、いずれ主となる方へと、深くお辞儀した。
何の役にも立てなければ仕える意味がない。
(強くならなければ
――――)
竪琴を手にその場から立ち去ってゆくアルフォンソ殿下を見送って、私は決意を新たにした。
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